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連載・特集

緑地帯 パレスチナに学ぶ 田浪亜央江 <2>

 昨年、「パレスチナの民族浄化」という本を共訳刊行した。著者は、イスラエル出身の歴史家イラン・パペである。

 19世紀後半の欧州でユダヤ人の国をつくろうとするシオニズム運動が始まり、建国の地としてパレスチナが選ばれた。本書は、後に初代イスラエル首相となるベングリオンと部下の間で、先住のパレスチナ人を追い出す計画が練られ、組織的に実行された経緯の全体像を明らかにしたものだ。

 パペは本書の刊行以前から、自国の建国のためにパレスチナ人に対してなされた不正義を解明し、その奪われた権利の回復に寄与する研究を行うことを公言してきた。イスラエルの研究者の中ではまったく稀有(けう)な立場である。

 筆者はイスラエルに留学中、ハイファ大でのパペの講義に何回か出席したが、講義室前の廊下の窓枠には「反イスラエル扇動をするパペはこの国から出ていけ」などと書かれた段ボールが何枚も並べられていた。パペは立ち止まって眺め、表情一つ変えずに授業を行ったものだ。現在パペは、英国に渡って研究を続けている。

 イスラエルの建国に伴ってパレスチナ社会にもたらされた災厄はアラビア語で「ナクバ」と呼ばれるが、それではまるで「自然災害」のように響いてしまうとパペは言う。それが災害でも偶発的な出来事でもなく、罪に問われるべき犯罪であることを明示するために、彼は「民族浄化」という言葉を選んだのである。

 他地域での同様の出来事を振り返る際にも、パペのこの決断は参照されるべきものだろう。(広島市立大准教授=広島市)

(2018年8月21日朝刊掲載)

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