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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ 創作することの喜び <1>

 大人になって、一生をかけてやりたいことがみつかった。きっかけは、23年前。新聞の片隅にあった「文芸ひろしま」市民文芸の募集だった。応募条件は、広島市に在住、通勤、通学している人。俳句や小説などと共に、児童文学の部門があった。

 当時、わたしは子育て真っ最中の母親だった。3人の男の子たちは真夏の野原をかけまわる子犬のよう。ちょっと目を離すと、部屋のどこかでジュースが倒れ、絨毯(じゅうたん)に染み込む。何か始めたいと思いながらも、自分のために使える予算も時間も限られていた。

 児童文学作品の募集に、遠い日、夢見たことが脳裏によみがえった。中学3年生のときの夢は童話作家。安房直子さんの物語にあこがれた。まさにあわい夢。そこに向かっての努力などしてこなかった。

 書き溜めた原稿があるわけでも、アイデアがあるわけでもない。でも、なぜかあのとき、「作品募集」の4文字は特別な言葉となって、きらめいていた。文房具屋で、400字詰め原稿用紙を買った。新しいことを始めるのに必要だったのは、それだけだ。台所のテーブルで、思いつくまま鉛筆を動かした。

 マス目を埋めたことに満足して、ろくに推敲(すいこう)もしない原稿は、奇跡的に3席に入選した。今ではすっかり縮小されてしまったが、当時はホテルで祝賀会が催された。夢のようなひとときの中で、創作をする仲間と巡り合った。

 2008年に、「声」という作品で、中国短編文学賞優秀賞をいただき、現在、子ども向けの本を書いている。わたしの創作人生は広島で始まり、育てていただいた。(すやま・ひろみ 児童文学作家=広島市)

(2020年10月3日朝刊掲載)

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