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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ 創作することの喜び <2>

 思えば、へたれな少女だった。タイムマシンで過去に戻って、中学3年生の自分に会えるなら、言ってやりたい。「おいおい、もっと自信を持って、真剣におやりよ」と。そうしたら、ぼんやりとした少女はきっと、こう答えるだろう。「どうせ、自分なんて…」

 勉強はきらい、運動はにがて。クシコスポストの曲には、まったく活躍できなかった運動会のトラウマがよみがえる…。そんな現実からもうひとつの世界へ、わたしをしばし連れ出してくれたのが、少女マンガだった。

 当時、木原敏江、三原順、竹宮恵子など好きな作家がそろっていた。最も夢中になったのは萩尾望都である。時を超えてさまようヴァンパイアを、美しく繊細に描いた「ポーの一族」、文学の香り高い「トーマの心臓」等々。

 ページをめくると、そこには確かに人々が息づいていた。町にたちこめていた霧の重み、ティーカップのこすれる音、主人公のため息なんかが、自分自身の思い出として記憶されている。

 現実の中で、大勢の人にもまれながら、人は強くなっていくのだろう。同時に、ひとりの時間に、内側から沁みだすように湧く力というものがあるように思う。

 映像の情報と違って、本を開くときは、大抵ひとりだ。読者がその世界で、のびのびと過ごすのを邪魔しない本。そこに読者の想像が加わり、広がっていくことのできる物語であるなら、読者の心を育み、生きていく力になろう。ひとり、物語にひたることができたことで、今、自分は書いているのかもしれない。(児童文学作家=広島市)

(2020年10月6日朝刊掲載)

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