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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ 創作することの喜び <4>

 萩尾望都に会いたい! その想(おも)いが募ったのは、審査員名に、漫画家の萩尾先生の名前を見つけてからだ。「ゆきのまち幻想文学賞」は、雪の幻想性を表現した原稿用紙10枚の物語を募集していた。

 最終選考まで残ったら、もしや、萩尾先生がわたしの原稿を読んでくださるのでは? とっかかりはヲタクの妄想であったが、アンソロジーとして出版される入選作品集にはひらめきが詰まっていて、あこがれた。「雪」というひとつのテーマから、ホラー、恋愛、親子の愛情、冒険、SF…あらゆるものが書けることを知った。10枚では特に言葉を選び、削る覚悟のいること。印象に残る場面のために、色やにおい、手触りなど、五感に訴える大切さを学んだ。

 応募を続けて6年目の春、入選の知らせが舞い込んだ。大切にしていた萩尾先生著「トーマの心臓」を鞄(かばん)にしのばせ、授賞式会場の青森へ飛んだ。

 空港を出てブナ林を抜けると、バスよりはるか高く雪の壁が積み重なっていた。湯けむりに包まれ広がる千人風呂は、異世界だ。夢と、たった一本の鉛筆が、自分をこんなに遠くまで連れてきてくれた。萩尾先生をはじめ審査員の先生方、個性豊かな入選者たちとの夜を徹しての語らいが楽しくてしかたなかった。その後も2010年にゆきのまち幻想文学賞長編賞をいただくまで応募を続け、何度か授賞式に呼んでいただいた。

 息子たちは、わたしの背を抜いた。ぼんやり過ごした少女時代はどこかに流れ去っていた。奇跡は時々起こると信じることができるようになった。(児童文学作家=広島市)

(2020年10月8日朝刊掲載)

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