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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ 創作することの喜び <5>

 せっせと投稿生活を送っていたある日、本の原稿を書かないかとのお誘いを、ある出版社からいただいた。プロの作家ならいざ知らず、これは相当怪しいお誘いである。出版という夢につけこんだ悪徳商法が実在する。

 幸い、声をかけてくださった編集者さんは、そうではなかった。わたしたちの文芸サークルが手作りで発行している同人誌に、目を通してくださっていた。あとで知った話だが、広島で活躍されている児童文学作家の後押しもあったようだ。

 恥ずかしそうにほほ笑む、娘さんといっていいような編集者さんの期待に応えたくて、セミの大合唱を聞きながら冬の話を書いた。完成すればすぐに出版かと思っていたら、大間違いだった。創作は自分だけのひそかな楽しみという意識でいるうちは、次の扉は開いてくれない。

 同時期、創作仲間に誘われて、カルチャーセンターに新設される童話教室を見学に行った。講師の児童文学作家沢田俊子先生の魅力に、入会を決めた。そこで読者に伝わる原稿で、読者に手渡すことを目標にご指導いただいたことは、わたしの大きな転機になった。

 2011年春。電話で原稿の打ち合わせをする間も、受話器の向こうで東京は揺れていた。心配するわたしに編集者さんは、「これだけは」と、熱心に打ち合わせを続けてくださった。

 得難い出会いがあって、デビュー作「雪ぼんぼりのかくれ道」(国土社)が2年をかけ、12年の年明けに刊行された。(児童文学作家=広島市)

(2020年10月9日朝刊掲載)

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