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被爆68年 反核の思い 伝えたい 平和の拠点 被爆者ら厳粛

 今年末で閉鎖が決まった島根県江津市の原爆被爆者有福温泉療養研究所「有福温泉荘」で6日、原爆死没者追悼・平和祈念式があった。同所で被爆者療養施設が存続するかどうかは未定で、現施設で最後となる式典に、被爆者たちが厳粛な表情で臨んだ。(森田晃司)

 温泉荘利用者18人、同市の川波小児童22人を含む約70人が午前8時15分、テレビ中継に合わせて黙とう。利用者を代表し、広島駅近くで被爆した羽山恒義さん(88)=広島市南区向洋新町=が「体中にガラスが刺さり気を失った。人を焼く炎に涙が止まらなかった」と語った。施設の閉鎖を知り、初めて人前で話す決意をしたという。

 約20年前から参列を続ける羽熊美佐子さん(87)=同市佐伯区五月が丘=は「閉鎖は寂しい。来年からは自宅で祈ります」と被爆死した家族7人を思い、涙を拭っていた。

 同小の児童代表が「悲劇を繰り返してはならないとの思いを強くした」と述べ「アオギリのうた」を歌った。

 1967年に開設した温泉荘では毎年式典が実施されてきた。だが被爆者の高齢化と施設の老朽化で、利用者が減少。ことし12月20日まで営業した後、建物は取り壊され更地となる。

 広島市の社会福祉法人が跡地(約3200平方メートル)に被爆者向け宿泊施設の建設を計画していたが、特別養護老人ホームの併設が認められず、跡地利用は白紙に戻った。

(2013年8月7日朝刊掲載)

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