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連載・特集

緑地帯 樋口明雄 東京卒業 <4>

 作家になって30年。その月日はあっという間だった気がする。よく続いたものだと思いつつ、そろそろ何らかのかたちでひとつの道標を刻んでもいいかもしれないと考えた。

 これまで山岳小説や冒険小説ばかりを書き続けてきたが、一度、私小説のようなもの、それも自分の過去、それも少年時代の思い出を、フィクションのかたちでつづった自伝はどうだろうか。

 直接のきっかけは、やはり「東京卒業」だった。あのとき、自分がなぜむやみに憤ったのか。それは過去の思い出を守りたかったからだ。だったらそれを文章にして書くべきではなかろうか。

 いざ執筆を始めると、あの頃の出来事がいくつも奔流となって押し寄せてきた。友たちの顔、さまざまなエピソード。楽しかったこと、恥ずかしかったこと。つらかったこと。

 私は当時、13歳。中学2年生だった。男子は学生服に丸刈り。女子はセーラー服。いじめはあったが現代のそれのような陰湿さはなく、周囲に自殺の話など聞いたこともない。教師や周囲の大人たちも、子供のいたずらにどこか寛容な、おおらかな時代だった。

 私たちの〝足〟は自転車。フラッシャーと呼ばれる電光方向指示器がその頃の流行だった。自転車屋からパーツを購入しては改造し、自分だけのお気に入りの一台にしていた。この自転車があれば、世界の果てまで行けると信じていた。

 そんな輝かしい少年時代が、ずっと永遠に続くものだとばかり思っていた。(小説家=山梨県北杜市)

(2019年5月17日朝刊掲載)

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