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連載・特集

緑地帯 樋口明雄 東京卒業 <7>

 13歳のあの頃、私の周囲には同類の友がいた。作家や漫画家を夢見て、大学ノートに自作の小説を書き、漫画を描いていた。

 我々が書いたり描いた作品は、クラスメートの間で密かに回し読みされ、人気を博し、「早く次が読みたい」とリクエストが来たほどだった。だから当然、有頂天となる。このままプロデビューしたら、間違いなくベストセラー作家や人気漫画家になるはずだと本気で思っていた。

 そんな若かりし頃の夢も、いつしか現実にとって代わられる。高校進学、大学入学、そして就職と大人になってゆくにつれ、夢はしだいに形骸化し、希薄になり、現実という波にのまれて消えてしまう。我々は散り散りになり、友たちはそれぞれの人生をたどっていくうちに、いつしか夢を忘れて、社会のそこかしこに溶け込んでいた。気がつけば、私ひとりがこの世界にいとどまり、職業作家として30年も生きている。

 昨年の夏、自伝的小説「風に吹かれて」を上梓(じょうし)したことをきっかけに、岩国の同級生たちが集まり、この作品を盛り上げていこうという動きが出てきた。自分たちひとりひとりが、たとえ作中に名前がなくても、あの小説の世界のどこかにたしかにいて、同じ時代を生きていたことを実感したという。

 彼ら、彼女らは夢を捨てたわけじゃなかった。あの頃の熱き想(おも)いを胸に刻みながら成長し、ずっとそれを大切にしていたのだ。そして私は、その代弁者として小説を書き続けていることに気づいた。作家の孤独という想いから解放された瞬間であった。(小説家=山梨県北杜市)

(2019年5月22日朝刊掲載)

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