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連載・特集

緑地帯 人間マンダラ 久保俊寛 <8>

 山形・注連寺に続き、縁をいただいた寺がある。埼玉県川越市にある天台宗の喜多院だ。江戸時代後期、約50年をかけて建立された五百羅漢の石像で知られる。

 釈迦(しゃか)十大弟子、十六羅漢をはじめ、釈迦如来、阿弥陀如来、文殊・普賢の両菩薩(ぼさつ)、地蔵菩薩など、全部で538体。眺めていると、やはり絵心が湧いてきた。

 寺の許可を得て、写生帳にボールペンでデッサンを始めた。羅漢たちはそれぞれのしぐさ、表情があまりに人間らしい。泣いたり笑ったり、互いにひそひそ話をしたりマッサージをしたり。仏にして人間であり、人間にして仏である。これらが「人間マンダラ」であることに気が付いた。

 ある雨上がりの午後、木立の中から日が差してきて、羅漢さんが薄緑を含んだ金色に輝いている。これこそ仏の世界に違いない。

 中には、首や腕、足が折れ、修復されたものがあることにも気が付いた。明治初めの廃仏毀釈(きしゃく)の痕跡だという。人間は恐ろしいことをするものだ。

 描いていると、あちこちから声がする気がした。「おれも風雪に耐えているよ」「君が笑えば、私も笑うぞ」「人生とはそんなものじゃ」…。200年の歴史を刻む羅漢の群れが、現代の「人生応援団」に見えてきた。

 今年は明治維新から150年。開国以来の文明開化、対外戦争、そして迎えた核時代、経済格差の拡大を考えると、私はむしろ江戸時代以前の良いところに学びたいと思う。平成の終わりも間近な今、その思いをアートに表現するのが課題だ。(美術家=千葉市)=おわり

(2018年11月29日朝刊掲載)

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