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連載・特集

緑地帯 「聖地都市」考 杉本俊多 <3>

 欧州を旅していてタクシーの運転手に、日本人だと分かった時にいきなり「広島からか」と尋ねられ、驚いたことがある。世界のごく一般的な人々も広島の名を知っており、おそらく原爆ドームの姿を脳裏に描いているのだろう。

 パソコンやスマートフォンを通して、そうしたアイコン(象徴的な図像)はコミュニケーションのツールになっている。私はかつて日本建築学会の年次大会を広島で開催した際に、原爆ドームをかたどったシンボルマークをデザインしたことがある。実際のドーム形が楕円(だえん)であり、正円でないことは意外にほとんどの人が知らないが、その輪郭はデザインモチーフになりやすい。

 都市のアイコンといえば、パリはエトワールの凱旋(がいせん)門、ロンドンはビッグベンの時計塔といったところか。現代建築では「アイコン建築」といった標語がメディアを飛び交う。ロンドンにはその形状から「ガーキン」(キュウリ)と呼ばれる超高層ビルがある。北京の中央電視台のビルは、ズボンを見上げるような奇抜な形の故に「パンツ」と呼ばれるらしい。いずれも世界的建築家の設計だ。

 米ニューヨークでは9・11テロの跡地に、ヒロシマ賞の受賞者である建築家リベスキンドが不整形に伸び上がる尖塔(せんとう)型の超高層建築をデザインし、新アイコンとなるはずだったが、挫折した。

 原爆ドームは廃虚ではあるが、奇跡的にアイコンとして記憶に残りやすい輪郭を残している。単一のアイコンだけで多くのことを含蓄し、世界の人々の意識をまとめることができる。(広島大名誉教授=東広島市)

(2018年6月27日朝刊掲載)

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