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連載・特集

緑地帯 金子兜太の周りで 石川まゆみ <3>

 2007年から数回参加した比叡山での勉強会の準備の中心は、千代子さんという「海程」同人であった。阪神大震災でご主人を亡くされたが、たくましく心優しい方である。延暦寺会館(大津市)に泊まりがけの俳句三昧。もちろん金子兜太先生も来られる。

 09年の回のある日、適当に夕食の席に着いた。隣席の「主宰」という札に気付き、慌てたが、兜太先生ははやご着席に。もう動くのも失礼だ。さて、何を話してよいものやら。とりあえずビールをお勧めすると、いや、私はビールをやめたのでと、赤ワインを所望された。<酒止めようかどの本能と遊ぼうか 兜太>を思った。

 兜太先生の指を眺め、深爪の父に比べて少し伸びているかなと思い、われに返った。まるで自分の身内でもあるかのような親近感を覚えるが、金子兜太である。自分は今日たまたま隣に来ただけの、門下生のうちのほんの一人。<秋高し如来の前のその他大勢>という句ができた。

 その頃の兜太先生はすたすた歩き、あぐらからひょいと立ち、演壇では椅子なし。時間だからと止めるまで、1、2時間は平気で話される。無駄話はなさらない。

 ある食後の談笑時、兜太先生の近くの人が、シッ、と口に指を立てたので注目した。すると、チラシの余白に先生が何か書いておられる。俳句ができた瞬間らしい。私は、のほほんと酒の余韻に浸っている自分を顧みた。先生の頭の中には、いつも俳句の言葉が渦巻いている。先生が言われるところの「言葉をしゃぶる」とはこれか、と思った。(俳誌「海程」同人=広島市)

(2018年4月10日朝刊掲載)

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