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連載・特集

緑地帯 金子兜太の周りで 石川まゆみ <4>

 金子兜太先生が危篤と聞いた夜、私は、昨秋の現代俳句協会の創立70周年記念行事での先生を思い出していた。

 兜太先生は、帝国ホテル(東京)の控室から車いすで出て来られた。私は祝賀会に申し込んでおらず、せめて先生のお顔を拝見してから帰ろうと「出待ち」していたのだ。見知った顔の私に、先生はニコニコーッと笑い掛け、「やあ」と小さく手を上げた。

 <山若葉「やあ」と小さく手あぐる師 まゆみ>。昨年5月の「海程」大会の小句会で、「常套(じょうとう)手段」と言われながらも選に入った句だ。兜太先生は「やあ」とか「おう」とか、少しだけ手を上げてあいさつされるのが常だった。

 祝賀会の前、兜太先生の周りに集まった何人かで写真を撮ってもらった。11月23日。私が見た先生の、輝くように元気な最後の姿である。祝賀会で、協会の名誉会長である先生は感謝状を授与され、お父さまの伊昔紅(いせきこう)(俳号)が整えた秩父音頭を歌われたそうだ。

 兜太先生の死去を受け、多くの方が追悼文を寄せた。作家のいとうせいこうさんは、「兜太さんは親戚のような人だった」と。本当に、そう思う。3月2日の葬儀には、<ありがとう 兜太>の色紙が飾られたという。いつ、どんな思いで揮毫(きごう)されたのか。

 以前、「海程」大会の選評で、兜太先生は「俳句の中で『ありがとう』と言っちゃあおしめえだ」と言われたことがある。全ての俳句の想(おも)いは、この言葉に集約される、というお考えもあったか。先生に「ありがとう」と言われてみれば、なるほど、とも思う。(俳誌「海程」同人=広島市)

(2018年4月11日朝刊掲載)

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