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連載・特集

バレエの道一筋 いま 舞台人として 23日 広島公演 阿川佐和子 森下洋子

小学生の頃 花束渡す役 自慢だった

被爆した祖母 たくましい生き方見せてくれた

 広島市中区出身の世界的なプリマバレリーナ森下洋子さん(72)が23日、中区のJMSアステールプラザで、舞踊歴70年を記念した松山バレエ団(東京)の広島公演「ロミオとジュリエット」に臨む。20年ぶりの古里公演を前に、親交のある作家・エッセイスト阿川佐和子さん(67)とこれまでの歩みを振り返り、新型コロナウイルス禍の文化や広島を通じた縁、平和への思いを語り合った。(山中和久、桑原正敏)

  ≪阿川さんの父は広島市中区出身の作家弘之さん。森下さんとの付き合いは父娘を通じてである。弘之さんが米国留学中の1年間、阿川さんは同区の伯父の家に預けられていた。≫

 阿川 父は森下さんの舞台をよく見に行ってました。

 森下 奥さまとね。

 阿川 私が広島にいたのは2、3歳の時で、伯父は父と年が離れていて祖父のような存在。東京に戻った後も広島には夏休みなどに訪れていました。

 伯父は森下さんのお母さまが営んでいた洋食店「きっちんもりした」をひいきにして、私も連れて行ってもらいました。小学生の頃、伯父に頼まれて森下さんに舞台で花束を渡す役をやったのがすごく自慢だったんです。

 ≪森下さんは3歳でバレエと出合い、小学6年で上京。25歳の時、ブルガリア・バルナ国際バレエコンクールで日本人初の金賞に輝く。「東洋の真珠」と評された。≫

 森下 日本人にもバレエができるんだって、皆さんが思い直してくれたのがバルナの「金」です。バレエはイタリア発祥ですけど、どの国の人だってできる。

 阿川 海外で認められてから、欧州を活動の場にしようというお気持ちはなかったんですか。

 森下 全然なかったです。日本人だから日本を拠点に踊ろうと。

 阿川 その小柄な体形で誰よりもエレガントに踊る。森下さんは日本人バレリーナの美しさを世界にアピールしてくださったんですね。

 森下 いろいろな人との出会いに恵まれました。歴史上の人となったマーゴ・フォンテインやルドルフ・ヌレエフとか。マーゴとは2カ月ぐらい一緒にツアーをやったことがあります。当時彼女は60歳前後だったと思うけれど、稽古を一度も休まなかった。

 阿川 そんなの見ちゃうと、森下さんも休めなくなっちゃう。今やマーゴさんよりも(舞踊歴が)上を行きましたね。

 森下 マーゴやルドルフが生きていたら喜んでくれていると思います。「こんなに続けてくれて」と。

 ≪不器用だったという少女が「世界の森下」に。踊り続ける根っこには広島がある。常に前向きな姿勢は被爆した祖母の影響だ。≫

 森下 できるところまでやろうと思って、気がついたら70年。自分が選んだ道をすごくスムーズに進めています。

 阿川 人間ってカメ型とウサギ型がいる。私はどっちかといえばウサギ。ちょっと習うと「分かった」って。だけどこういう人間は長続きしないの。カメ型の人は苦労、努力するから時間をかけて得たものは、本物になっていく。

 森下 不器用でした。

 阿川 でも「森下カメ」はちっちゃい頃から「できなくてつらい」とは思わないのね。

 森下 そうそうそう。いつか必ずできるようになるんですよ。時間はかかるけど。

 阿川 それを信じ続ける根性がポジティブともいえるけれども、普通の人にはなかなかないと思う。広島で被爆したおばあさまの影響もあるとか。

 森下 左半身に大やけどを負ったのに、「こんな体になった」とか「つらかった」とか孫の私には一言も言わなかった。若い頃はあまり感じなかったけれど、すごくたくましい生き方を見せてくれたなあって。

 阿川 それがきっと、無意識に森下さんの中に入っていったんですね。

 森下 祖母が広島赤十字・原爆病院に入院すると、私も行くでしょ。人間として絶対あってはいけないことだと思った。平和を、子どもの頃から自然に意識していたんですね。だから舞台も、人を愛する気持ちや、手をつないで平和に向かって前に進んでいく気持ちを皆さんに感じていただけるものをつくりたい。

 ≪新型コロナウイルス禍で舞台芸術は模索を続ける。阿川さんは昨年11月、森下さんの公演に感動し、真っ先に席から立ち上がり拍手を送った。≫

 阿川 本当にコロナでいろいろなものが見られなくなったり、行けなくなったり。それで「不要不急」という言葉ばっかりがニュースになる。そんな時に松山バレエ団の「くるみ割り人形」を見に行って。今思い出しても涙が出てきそうだけれど、物語や踊る人たちの笑顔に、どれほど慰められている自分がいるんだろうって思ったとき、「これは不要不急じゃない!」って。人間にとって、こんなに必要な栄養はないぞと。そう思ったら立たざるを得ないでしょう。

 森下 おっしゃったようなことを感じていただけるのが最高の喜びです。あるお客さまがおっしゃってました。バレエは脚や手の所作がきれいだとか、どれだけ跳べたとかじゃない。心の洗濯機です―と。舞台人として幸せです。

 ≪広島で披露する「ロミオとジュリエット」。シェークスピアの原作は、ペスト禍の中世を生きた人間を描く。森下さんが古里で伝えたいメッセージとは。≫

 森下 コロナはもう2年。今こそ「ロミオとジュリエット」をやるべきだって。ジュリエットは純粋で明るく、そして強い。勇気と希望を皆さんにお届けできるような舞台にしたい。

 阿川 見た人はさんざん泣いてホールの外に出たとき、本当に心の洗濯ができたと実感するはずです。

 あがわ・さわこ
 1953年東京都生まれ。報道キャスターを経てバラエティー番組の進行役で人気に。エッセーや小説、雑誌の連載対談など多方面で活躍。2014年菊池寛賞受賞。

 もりした・ようこ
 1948年広島市中区生まれ。71年松山バレエ団入団。74年バルナ国際バレエコンクールで日本人初の金賞。97年文化功労者。2012年中国文化賞受賞。

80年に初演 芸術祭大賞 ロミオとジュリエット

 森下さんが理事長・団長として率いる松山バレエ団の「ロミオとジュリエット」は1980年に初演。同年に文化庁芸術祭大賞を受賞し、代表作の一つに挙げられる。

 対立する二つの家に生まれた若い男女の悲恋物語。二人の愛情と勇気の輝きが失われたことで、残された人々の心に平和への祈りが広がる。ペスト禍の中世ヨーロッパを舞台としたシェークスピアの原作を、森下さんの夫で松山バレエ団総代表の清水哲太郎さんが現在の新型コロナ禍に重ねて演出し、振り付けも担う。森下さんがジュリエットを踊り、ロミオ役を大谷真郷さんが務める。

 演奏は広島交響楽団。河合尚市さんを指揮に迎え、セルゲイ・プロコフィエフ作曲のメロディーを奏でる。

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 森下洋子舞踊歴70年記念 松山バレエ団広島公演「ロミオとジュリエット」は中国新聞社主催。チケットは完売しています。

(2021年9月17日朝刊掲載)

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