×

連載・特集

緑地帯 主権者を培う文化 大井赤亥 <3>

 米ハーバード大での討論型講義で人気となった政治哲学者のマイケル・サンデル教授。2010年に東京大安田講堂で日本人学生らとの「白熱教室」を行ない、当時、大学院生だった私も携わった。

 サンデル教授の議論さばきにはパターンがある。矢継ぎ早に飛んでくる会場からの発言を、功利主義のベンサム、厳格な義務論的哲学のカント、人格錬成を重んじるアリストテレスに分類し、「君はカント主義者だね」「お、ベンサム主義者が出てきたぞ」などとまとめ上げては、相互の議論を促すのだ。

 「白熱教室」の流行は、普段はふたをして触れないままの論争的な価値観を、再び公共的な議論のまな板に載せようとする点に斬新さがあったといえる。

 サンデル教授の発言で最も印象的だったのは、議論とは「相手に敬意を持って不同意する」技術だという一言である。利害や価値観を異にする者同士が、相手を理解し、自己を主張するためには、議論の前提となる共通の態度が必要だろう。

 私も現在、学生に政治思想を教える立場となった。もし私が教壇から学生に「みんな、選挙に行こう」と呼び掛けたら、立派な教師と評価されるだろう。しかし、「選挙に行って、〇〇党に投票しよう」と言えば、「偏向教員」とたたかれ、クビになりかねない。

 しかし本当に大事なのは、どんな社会を理想とするか、そのためには選挙でどんな選択肢が最適と考えるかを、胸襟を開いて語り合える文化だとも思うのである。(日本学術振興会特別研究員=東京都)

(2017年12月5日朝刊掲載)

年別アーカイブ