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連載・特集

緑地帯 主権者を培う文化 大井赤亥 <6>

 米国のオバマ前大統領の演説は、主権者教育の第一級の教材であった。昨年5月の広島演説は観念的で不満だったが、オバマ氏が一番光るのは米国のデモクラシーを論じる時で、若者を政治に引き入れた手腕は広く功績として認められている。

 オバマ演説には一定のパターンがあり、米国を変えるのは「あなただ(イッツ・ユー)」というレトリックもその一つである。大きな変革が生じるたび、「これはあなたによってなされた」、「あなたの勝利だ」と強調するオバマ氏の言辞は、国民に政治への参加意識と達成感を呼び起こすとともに、困難な妥協のための責任をも共有させるのである。

 2期8年に及んだ大統領時代の功績は、デモクラシーの偉大さを説いたことではない。むしろ逆で、デモクラシーがはらむ対立やののしり合い、手間や妥協など、いわばその「非効率」を説いたことであり、だからこそ、デモクラシーをあえて選び取る姿勢を米国民に喚起した点にある。

 トランプ氏の大統領当選決定後、結果に失望する若者たちに向けて、オバマ氏はホワイトハウスからメッセージを送った。いわく、民主政治は一直線では進まない。それでいい、いや、民主政治はそうある「べき」である。だから若者よ、冷笑屋になるな、常に勇気づけられていろ、と。

 オバマ氏の政治は「肯定と希望の政治」だった。私も大いに勇気づけられた。オバマ氏にはもう一度、広島をじっくりと再訪し、被爆地の声を胸に刻んでほしい。(日本学術振興会特別研究員=東京都)

(2017年12月8日朝刊掲載)

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