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元高校生平和大使、伝承者志す 広島大の井上さん 原爆孤児の記憶継ぐ

 国連欧州本部で6年前、高校生平和大使として核兵器廃絶を訴えた広島大の学生が、かつての原爆孤児の半生を後世に伝える証言者を目指している。医学部3年の井上つぐみさん(21)=広島市安芸区。一発の原爆に翻弄(ほんろう)された個人史を忠実に語ることで原爆の恐ろしさを伝え、「核兵器のない世界」の実現に貢献したいと願う。

 8月上旬、中区であった原水禁国民会議などの原水爆禁止世界大会。若者が活動を報告した分科会で、井上さんは語り掛けた。「食べる物がなく、石ころを口に入れてしゃぶることもありました」。広島原爆で家族8人のうち両親ときょうだい6人を奪われた西区の川本省三(しょうそう)さん(87)が生き抜いた被爆後の暮らしの一端だった。

 井上さんは2019年、広島市の被爆体験伝承者の養成事業に参加。川本さんから体験を聞き取る。高校生平和大使の経験者では初めてだ。

 袋町国民学校(現袋町小、中区)6年生だった川本さんは、原爆投下3日後に学童疎開先の神杉村(現三次市)から広島に戻り入市被爆した。

 身寄りはなく、伴村(現安佐南区)の村長宅に住み込んでしょうゆ店で働いたこと。23歳で結婚を決めた女性の親から「被爆者とは一緒にさせられない」と拒まれた過去。定職に就けず「ヤクザ」の手伝いをして日銭を稼いだこと…。一言も聞き漏らすまいと、頭にたたき込む。

 原爆資料館(中区)を小学生の時に訪れて以来、平和の尊さを伝えるすべを模索していた井上さん。県立広島高(東広島市)1年の2015年、高校生平和大使になった。

 スイス・ジュネーブの国連欧州本部であった同年夏の軍縮会議では、被爆者の願いとして「核兵器全廃に踏み出さなければならない」と各国大使に英語で呼び掛けた。その後も被爆地での活動を望み、広島大に進学。市の伝承者養成事業を知って応募した。

 突き動かすのは「被爆の惨状や苦難を味わった人から話を聞ける最後の世代になるかもしれない」との危機感だ。川本さんを囲む毎月の研修では「自分の体験のように体に染み込ませる」と耳を傾け、約1万字の朗読原稿を作っている。

 デビューは23年の予定だ。就職後も仕事の合間、修学旅行生たちに語る姿を思い描く。「原爆のむごさを若い人に伝えてほしい」と願う川本さんの期待に応える日は近づいている。(樋口浩二)

(2021年9月20日朝刊掲載)

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