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連載・特集

緑地帯 地図に魅せられて 竹崎静嘉 <1>

 私と地図の出合いは、偶然というか必然というか、とんでもない出合いだった。

 戦前、父が広島で営んでいた書店は、兵用図書や陸軍参謀本部陸地測量部刊行の地図の売捌(うりさばき)所で、兵書・地図・週報などを販売、第5師団司令部以下、在広各連隊に出入りしていた。

 わが家は昭和20年、7月末までに建物疎開するよう命じられた。戦争中、地形図は軍事秘密で一般には販売できなかった。在庫の地形図は売ることも捨てることもできず、とにかく処分しなければならないので、風呂にくべて焼却処分をしたのがこの私であった。

 これが私の生涯の食いぶちになるとは夢想だにせず、ただ黙々とくべた。8月6日の原爆投下により、比治山の西山麓にあったわが家は跡形もなく焼失した。

 10月ごろには、比治山本町にバラックを建てて住み着いた。薄っぺらな雑誌を役所や駅前の闇市で売るなどして糊口(ここう)をしのいだ。

 父は戦後、商売をするならやはり中心部でと考え、つてをたどって借地を探し、昭和22年、現在の並木通りの北詰めに当たる場所に家を建て、書籍・雑誌・地図の販売をしていた。しかし、昭和24年に並木通りを造るため立ち退きになり、本通に転居した。

 その頃には、老舗の書店が次々と本通に戻って営業を再開し始めていた。新参者のわが家がどのようにして特色を出せるかを考えて、地形図、海図、地質図など地図と名の付くものをできるだけ取りそろえたようだ。(たけさき・しずか 中国書店店主=広島市)

(2017年9月1日朝刊掲載)

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