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連載・特集

緑地帯 地図に魅せられて 竹崎静嘉 <2>

 ある日、一人のお客さんがみえた。「5万(正確には5万分の1と言うべきであるが、通例、略してやりとりする)の『ちず』を下さい」「はい、どこでしょうか」「『ちず』です」…。少々の問答の後に気付いた。地図ではなくて智頭(鳥取県)であった。

 「2万5千の『ゆき』を下さい」と言われると、「お湯の来でしょうか、あぶらの木でしょうか」と尋ねる。広島県には湯来と油木がある。同じ読みでも字が違ったり字が同じでも読みが違ったり、図名の呼称はとても一筋縄にはいかない。想像もつかない読みの地名に面食らうこともある。九州の英彦山は、まだ「ひこさん」と読めるにしろ、及位(山形県)を「のぞき」とはまず読めない。

 「山」にしても「やま」「さん」「せん」があり、濁音にもなる。「原」も、九州では「はる」と読む所がけっこう多い。

 潮来(いたこ)は歌謡曲になって知っている人も多いが、読みづらい地名を少し並べてみると、王余魚沢(かれいざわ)、石徹白(いとしろ)、遠敷(おにゅう)、祝子川(ほうりがわ)、行縢山(むかばきやま)などがある。同音異字を列挙すれば、「いくら」では井倉や伊倉、居倉が、「さいじょう」では西城、西条が、「まかべ」では真壁と真加部がある。同音の場所違いはしばしば笑い話にもなる。同字異音の例も、武蔵御岳(みたけ)と御岳(おんたけ)高原、白馬岳(しろうまだけ)と白馬町(はくばちょう)など、枚挙にいとまがない。

 「町」は「まち」なのか「ちょう」なのか。前述の「山」の呼称のように、間違っても許される範囲のものもある。私が地名を正確に記憶していたのは、全在庫の3分の1ぐらいかもしれない。(中国書店店主=広島市)

(2017年9月2日朝刊掲載)

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