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連載・特集

緑地帯 師の教え 築田哲雄 <7>

 ことし5月、米国のバラク・オバマ大統領が広島を訪れた。平和記念公園(広島市中区)で原爆慰霊碑に献花し、平和の発信地としての広島の重要性についてスピーチしたが、そうした平和の象徴と見られている広島に、仏教の不殺生の教えに育てられた「いのち」に鋭敏な精神文化があるのをご存じだったろうか。

 その昔、日本の貧しい農村では「口減らし」に赤子の生を断つことがあったが、この地では生活水準を犠牲にしてでもそれを避けようとし、いのちを大切にする文化があったのだ。結果として人口が過剰気味となり、明治以降、オバマ氏の生地でもあるハワイなどへの海外移民が、他県に比べ著しく盛んになったとされる。

 ほかの逸話もある。明治時代、欧米の先進国に追い付こうと国は外貨の獲得を目指し、生糸を輸出するために養蚕を奨励した。当時の広島でも取り組まれたが、成果は芳しくなかったという。通常は蚕が中にいる繭を熱湯に入れて生糸を取るのに、蚕のいのちを気遣い、繭を破って外に出るのを待つ農家があったためという。

 戦争は、「国益」を守るという大義を掲げながら、多くのいのちを犠牲にしてきた。国益を守るための軍事力増強、それを可能にする経済発展に突き進むことは、結局、いのちを守ることと両立し得ないのかもしれない。

 そうであるならば、どちらかの選択を迫られる。その決断をする上で、日常の生活に根を下ろしたいのち優先の信念をどう受け継ぐかは、いよいよ大事な課題になっている。(広島仏教学院講師=広島市)

(2016年12月17日朝刊掲載)

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