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社説・コラム

天風録 『踊り続けて70年』

 まるで能の舞台を見ているようだった―。広島市出身のバレリーナ森下洋子さんは海外公演で、そんなふうに評されたことがあるという。本人いわく「稽古を積み重ねることでしか表現できないものがある」▲能には、喜怒哀楽の心を表す型がある。通じる何かを見て取ったのだろう。公私にわたる伴侶の清水哲太郎さんは、それを「器」に例える。森下さんと共演した名だたる舞踊家も驚くのは「受け取る力」だったという▲森下さんが20歳の時、2人は初めて共演した。「何のために踊っているの」。清水さんの問い掛けに不意を突かれ、森下さんは気付く。夢や勇気、平和の願いを舞台から届けたい。日々の稽古は、そのためなんだと▲海外の公演先では、「ジャパンから来た」ではなく「ヒロシマから来た」という紹介のされ方が多かったと聞く。被爆の爪痕がなお残る広島で3歳の時にバレエと出合い、踊り続けて今年で70年。松山バレエ団を率いてきょう、古里での公演に臨む▲上演作は、ペストが影を落とす「ロミオとジュリエット」。コロナ禍の今に重ね、清水さんが振り付けをする。森下さんの役はもちろん、希望の光を手放さないジュリエットである。

(2021年9月23日朝刊掲載)

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