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社説・コラム

社説 メルケル後のドイツ 協調重視の政治継続を

 ドイツの連邦議会(下院)選挙が行われた。立候補を見送り4期16年の任期を終えて引退するメルケル首相の後任を決める選挙として、国内外から注目されていた。

 中道左派の社会民主党(SPD)が、首相の保守、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を抑え第1党となった。しかし今後の連立交渉は難航が予想され、予測がつかない。

 ドイツがどのように「メルケル後」に踏み出すか、注視する必要がある。新首相には、自由や人権を重んじたメルケル氏の路線を引き継ぎ、対話と協調の政治を守っていく指導力を発揮してほしい。

 メルケル氏が首相に就いたのは2005年11月だった。以来、安定した政権運営で欧州随一の経済大国ドイツを率い、国際社会で存在感を高めてきた。欧州連合(EU)を取りまとめ、米国やロシアとも臆せず渡り合ってきた。

 ギリシャに端を発した欧州債務危機をはじめ、ロシアがクリミア半島を一方的に併合したウクライナ危機。常にEUの対応策を主導したのがメルケル氏だったと言えよう。

 国内では「ドイツの母」といった温和なイメージがある一方で、ぶれない政治姿勢で「欧州の盟主」として指導力を発揮してきた。

 その手腕は、各国の利害をいち早く見抜く調整力と、圧力に動じない胆力で際立っていた。米国第一主義を訴えるトランプ前大統領さえも時にはいさめ、英国のEU離脱に際しても冷静に対処してきた。

 大きな試練となったのは15年の欧州難民危機だろう。決然と国境を開放し、中東や北アフリカから100万人以上の移民・難民を受け入れた。

 人道主義にのっとった決断は、国際社会では称賛された一方で、国内では無責任との批判が強まった。支持率の悪化を招き、極右政党の台頭を許したことは不本意だったろう。政界の引退表明にも追い込まれた。

 だが、新型コロナウイルス禍への対応を巡っては、物理学者らしく論理的な説明を重ねて再び高い支持を集めた。

 感染拡大を防ぐために都市封鎖に踏み切った昨春の演説でも「渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという私のような人間にとり、絶対の必要性がなければ正当化し得ない」と実直に訴えた。

 独裁体制の旧東ドイツで育ち、基本的人権の大切さを知る首相の言葉だからこそ国民の心に響いたように映る。

 メルケル氏が首相だった16年間に、テロとの戦いは激化し米中対立が深まった。国際社会は新たな分断の時代を迎えた。

 欧州でもハンガリーやポーランドで権威主義的な政権が登場し、各国でポピュリズム政党が台頭している。法の支配や民主主義というEUの土台を揺るがしている。さらに気候変動対策では、大胆な社会変革への挑戦が欠かせない。

 メルケル氏の現実路線は、EUの安定に大きく寄与したのは間違いない。「メルケル後」のドイツと新首相には、新たな現実と向き合い、欧州を引っ張っていくリーダーシップが求められている。国際社会への目配りも忘れない立場と責任を自覚してほしい。

(2021年9月28日朝刊掲載)

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