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社説・コラム

『想』 三宅由利子(みやけ・ゆりこ) 広島の父娘と世界平和

 「カット」。監督の声が聞こえた瞬間、朗読ライブ配信は終わったはずでした。ですが、私の心にはまだ続いている感覚がありました。劇作家井上ひさしさんの戯曲「父と暮せば」。ことし8月6日、大竹市に住む父の信之と初めてチャレンジしました。配信後、広島やニューヨークはもちろん、世界中から視聴のご感想が届きました。「感動して涙が止まらなかった」

 準備の過程は武勇伝だらけ。一冊の本が書けそうなほどでした。「広島の父娘で読む『父と暮せば』を世界にお届けしたいんだ!」という思いのみで突っ走り、次第に仲間たちが集まり、情熱が共鳴し合い、最高で最強のチームでお届けすることができました。ニューヨークからト書きを読んだ舞台俳優森永明日夏さん(広島市安佐北区出身)も、大切な一人。本当にたくさんの方々のご助力を頂き、感謝してもしきれません。

 演劇経験がない父。約2時間の本番後、こう思ったそうです。「娘に頼まれ、やらねば! と。本番は娘の迫力に引っ張られ一生懸命でした」

 朗読を終えた私。一室を出て近くの平和記念公園(広島市中区)へ向かう姿をそのまま映し続けました。配信が少し不安定でしたが、あの演出にして良かったと心から思います。なぜなら世界中のどこでもなく、「あの日、あの場所」に居たんだという事実をお届けしたかったから。既に日は落ち、真っ暗でしたが、公園のライトアップが浮かび上がり、配信画面を彩ったさまは、私たちの未来への希望を象徴してくれているかのよう。とても幻想的でした。エンディングで流した大竹市在住のシンガー・ソングライター二階堂和美さんの歌も、その想像をよりかき立ててくれました。

 私たち親子で読む「父と暮せば」プロジェクト。その時々に合った形態で続けていく所存です。ニューヨークで舞台活動をする今、「物語を表現する」ことに真摯(しんし)に向き合い、歌や踊りや芝居の垣根を越えて精進して参ります。(表現師兼物語師=大竹市出身、米ニューヨーク在住)

(2021年9月26日中国新聞セレクト掲載)

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