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社説・コラム

『想』 鈴木喜久(すずき・よしひさ) 尊厳の維持を願う

 4月に米軍のアフガニスタンからの完全撤退が発表されたとき、2007年に国連訓練調査研究所(UNITAR)広島事務所で行われたアフガニスタン研修プログラムの修了式を思い出していた。

 メンターとして関わった7カ月間にわたるプログラムは、自国の復興を担う若手から中堅の公務員や外交官を対象とした、組織開発・運営やプロジェクトマネジメント能力の習得を支援するものである。広島とカブールとをビデオ会議システムで結び、グループプロジェクトの遂行に必要な助言や指導を行うのが私の主な役割であった。

 クレジット決済のインフラがなく、書籍を取り寄せることもままならない彼らは知識を渇望していた。毎回のミーティングは真剣そのもの。ある回では、「今日はカブールで爆弾テロがあり、50人の犠牲者が出て、その対応があるので何人かは来られないと思う」という。復興に向けた切実な願いを初めて理解できたと思えた瞬間である。

 研修の最後には、参加者全員が広島に集まっての修了式が行われた。彼らの目には、広島市内の景観は復興の象徴として映っている。私にとってはチームメンバーとの初対面である。彼らは皆、穏やかながらも活力に満ちあふれていて頼もしい。不安定な社会を生き抜いてきたことにより培われた生命力なのだろうか。そんなことを考えながら達成感を分かち合った。

 打ち上げは、酒類なしの食事会。しばらくして、1人が立ち上がり、早朝に平和記念公園を散策しながら詠んだという詩が披露された。復興に向けた静かな希望が伝わってくる。すると別の一人が立ち上がり、自分も詩を詠んだと言う。国の現状に真摯(しんし)に向き合い、国の将来を純粋に思う気高い気概に触れ、心が洗われる思いであった。

 9・11テロから20年となる今、彼らの努力と希望は無に帰してしまうのだろうか。状況の悪化が避けられないとしても、彼らが尊厳を失うことなく復興に向けた希望と意志を持ち続けられることをただ願う。(広島大学経済学部長・教授)

(2021年9月10日中国新聞セレクト掲載)

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