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社説・コラム

『想』 根葉正文(ねば・まさふみ) 故郷の二人の先人

 瀬戸田(現尾道市)のご出身で、貴重なご縁を頂いた二人がおられる。

 お一人は、1967年から瀬戸田町長を2期8年務めた永井駿先生。東京大卒業後、共産主義運動に入るが、治安維持法により投獄される。想像を絶する拷問を受けるが、獄中で道元禅師の「普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)」に出合い、禅に傾倒していく。3年の獄中生活後、岡山医科大に入り直し医者の道に進んだが、召集され軍医としてビルマ戦線に送られる。九死に一生を得て故郷瀬戸田に帰り開業。その後、肺結核を発病するが禅に導かれ蘇生し、60歳の時町長に就任された。折に触れ私たち町職員に仏教の話もされた。

 「せっかく生まれてきたのだから人生縦横無尽に大事に生きるべき」と話され、退任時に自身の禅体験に触れ、最後に「自分で考えなさい」と締めくくられた。それは主体性を持ちなさい、自分が主人公―ということではないかと思う。

 もうお一方は日本画家平山郁夫先生。広島の修道中3年の時に被爆、命からがら瀬戸田に帰るも、後遺症で生死の境をさまよう。その後命がけのシルクロードの旅を続け、画業と文化遺産の保存を通し平和を希求された。「広島で受けたもの、見たものを、自分の中で方向づけなければ生きられなかった。そこに絵を描くということから、平和のために、一歩踏み出す必然性がはらまれていたのだと思う」と振り返っておられる。

 お二人に共通しているのは、瀬戸内の美しい島で育ち、生死の境をさまよい絶望の中から蘇生された。そして現状に安住せず、頂いた命を最後まで大事に生きてこられたことだと思う。

 このような正直でいちずな生き方はできそうにもないが、平山郁夫美術館で先生の経験、体験から出た絵の心や、平和への想(おも)いを多くの人に知っていただけるよう努めたい。さまざまな情報が飛び交い一喜一憂することが多い現代、永井先生の「自分で考えなさい」「自分が主人公ですよ」という本当の意味に気付きたいと思っている。(平山郁夫美術館専務理事)

(2021年8月25日中国新聞セレクト掲載)

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