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社説・コラム

広島てくてくスケッチ 竹田道哉 2021年春、元安川の河岸にて(広島市中区)

川のある景色 誇れる町

 2月17日の中国新聞「オピニオン」のページにあるインタビューに、「コロナ時代の散歩術」というテーマで私を取り上げてもらった。その記事を読んだ数人の知人から電話が入り、ご無沙汰をしているおわびを伝えることができた。郵便局に行ったら、これまで事務的な会話しかしたことのなかった局員さんから「新聞に出ておられましたね」と声を掛けられて驚いた。仕事関係でお世話になっている人たちからも褒められ、新聞の威力を強く感じた。その記事の取材を受けて、あらためて自分が住んでいる町をしっかりと見直そうと思った。

 私が住んでいるのは、平和記念公園から少し南に下った辺り。川のある景色の美しさは広島市民が誇ってよいものだと思っている。その川の一つ元安川の河岸を歩く。こちらの岸もあちらの岸も桜満開だった。いつもなら、河岸の遊歩道に大勢の人がレジャーシートを広げたり、紅白の幕を張ったりと、にぎやかな情景となるはずのこの季節だが、昨年に続き今年もそうはならなかった。心の中には常に新型コロナウイルスに対する不安があるが、76年前の8月6日にこの川で繰り広げられたであろう光景を想像したら、目の前にある景色のなんとのどかなことよ。

 川に降りる石段が所々にある。「雁木(がんぎ)」と呼ばれているものだ。その階段と階段の間の河岸の石垣から川に向かって半円形に突き出た石組みがある。川の干満によって見え隠れする。これも雁木の一種なのだろうか。どちらもかつて川舟の荷揚げを意識して設けられたものだろうが、現代ではその用途としては使われていない。過去のあの夏の日のことが再び頭に浮かぶ。この雁木付近も大変な状況だったことだろう。

 私が小学校に通っていた頃は戦後の雰囲気をかすかに残していたのだろうと思うが、昭和から平成に移る間に河岸は再整備され、私が記憶している石段の状態が変わってしまった。半円形の石組みの方は位置などの変化はなさそうだが、歳月の影響を受けて崩れかけている箇所がある。

 子どもの頃は川でよく遊んだものだ。雁木の石段の途中まで漬かっている川の水の中に目を凝らすと、透明で小さなエビがキラリと光る。どんこ(ハゼの一種)が行き来する。熱帯魚をすくう網でそれらを捕まえては川に戻していた(ように思う)。今見ると、つるつる滑りそうで怖い。冒頭に紹介した記事の取材で、「あんな危ない所でよく遊んだなと思います」と私は語った。子ども時代と大人になってからでは感覚が異なっている。その違いを感じるのは楽しいことだ。

 それにしても、私がよその地域から来た旅行者であるとしたら、この気持ちの良い河岸の道をどこまでも歩いていきたいと思うに違いない。自分が今いる場所も視点を変えて眺めれば、そこは観光地に変わるだろう。(イラストも)

(2021年4月25日中国新聞セレクト掲載)

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