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社説・コラム

『想』 絹川智紹(きぬがわ・ともあき) 広島で出会った2人

 土地にはその地ならではの力がある。転勤暮らしのたびにそう思う。6か所目の赴任地・広島はきれいな街だと思った。川が幾つも流れ、緑も多い。ただ広島で生活し、人々と話していくうちに見えない力が被爆地の歴史と思いを語りかけてくる。

 2019年に亡くなった女優木内みどりさんも最後にこの広島にたどり着いた1人だった。

 「ヒロシマで出会った2人~木内みどりと四國五郎」。NHK広島放送局が被爆75年の2020年10月に放送したドキュメンタリーである。

 きっかけは東日本大震災での原発事故。木内さんは「無関心だった自分にも責任がある」として脱原発運動に参加。友人を通じ広島の画家、故四國五郎さんが描いた絵本「おこりじぞう」に出会う。原爆の惨禍を伝えるこの絵本に〝心をわしづかみにされた〟木内さんは、自分にしかできない方法で平和を訴えようと朗読を始める。そして五郎さんの弟で原爆のために亡くなった直登さんの日記と、五郎さんの追悼文の朗読を2日かけて収録した直後、広島のホテルで帰らぬ人となった。「伝えていかないと被爆した人たちはどんどん亡くなっていくじゃないですか。最後の1人になっても私はやろうと思っているの」。木内さんの言葉で番組は終わる。

 制作した今井志郎ディレクターは広島局の2年生。四國五郎さんのことを取材しているうち、木内さんが亡くなったニュースを聞いた。それまでほとんど知らなかった彼女の思いにたどり着くまで周囲の人たちに何度も話を聞き、多大な資料を繰り返し読み解いた。放送後、ご遺族から感謝の言葉をいただいたそうだ。2人が「出会う」ことができたのも、その出会いを番組で全国に伝えたのもやはりヒロシマの力であろう。

 遺作となった朗読は、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館のホームページで聞くことができる。弟への思いを絵と文章に込めた四國五郎さん。その思いを朗読で語り継いだ木内みどりさん。平和への願いを伝える2人の渾身(こんしん)のメッセージである。(NHK広島放送局長)

(2021年2月11日中国新聞セレクト掲載)

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