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社説・コラム

天風録 『無表情という表情』

 米国でキング牧師が暗殺され、東京・府中市では3億円事件。パリの若者が5月革命を起こしたかと思えば、「とめてくれるな、おっかさん」と東大生は安田講堂を占拠する。何かと騒がしかった1968年に「ゴルゴ13」は誕生した▲短髪、太い眉、冷徹な目、寡黙な口元…。謎に包まれた主人公のスナイパーが、一撃必中で依頼をこなす。現実離れした筋書きなのに、月2回発行の「ビッグコミック」で今も連載は続き、最多単行本のギネス記録に▲生みの親のさいとう・たかをさんは、漫画ではなく「劇画」と称し、子供向けの笑いよりはむしろ、大人をうならせる時代表現に心を砕いてきた。揺れる国際政治の裏事情、さらに最先端の科学技術の功罪を、これでもかと盛り込んできた▲長寿の理由がもう一つある。映画ばりの分業制をいち早く作画現場に取り入れたことだ。連載の末尾には必ず、職人集団全員の名前を載せる。ただゴルゴの顔だけは、並み居るスタッフも尻込みして分業できないまま▲にこりともしないその表情を、万感込めて描き続けたさいとうさんが84歳で旅立った。遺志を継ぎ、連載は続く。この先、どんな無表情を見せてくれるだろうか。

(2021年10月1日朝刊掲載)

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