×

連載・特集

高校人国記 基町高校(広島市中区) <3> 自由に知的に人生の糧得る

蔵書読破。今に続く友人と出会えた

私の原点。仲間と歌う喜び教わった

 総発行部数が2500万部。児童文学作家那須正幹(77)の「ズッコケ三人組」シリーズ50巻は驚異的なベストセラーとなった。テレビドラマや映画にもなり、作品の舞台となった郷里の広島市西区己斐地区には3人の石像や石碑も。半世紀に及ぶ創作活動に対して今年、JXTG児童文学賞が贈られた。

 昆虫採集が好きで、生物部が活発と聞き基町高を志望。入学後すぐ入部した。「3年間は部室におった方が長いほどだった」。生物教師の蒲池玄三郎はシリーズの中の宅和源太郎先生のモデルに。校内は、荒れていた中学校とは対照的に自由で楽しい雰囲気。当時、激しかった安保闘争を巡る第2代校長正月(まさつき)定夫の発言に対し、抗議したこともあるという。大学を卒業後、商社勤務や家業手伝いを経て1972(昭和47)年、作家デビュー。3歳で被爆し原爆を題材にした本も多い。5年前には母校で「人生は長い。16、17歳で将来を決めたらつまらん」と講演した。防府市在住。

 朽木祥(くつき・しょう)(62)は40代半ばで書いた「かはたれ」で四つの児童文学賞を受賞。大学の英語講師をしつつファンタジーからヤングアダルトまで幅広い作品を発表し多くの賞に輝いた。被爆2世。高校卒業まで広島で過ごし原爆を題材とした作品も多い。学校の図書室の蔵書を読破したほどの本好き。「今に続く友人にも出会い、その後の人生の支えになっているような気がします」

 小学館児童出版文化賞などを受賞した「光のうつしえ」の中の美術部は基町高がモデル。中学生が被爆体験を聞き絵を描く物語だ。その中の一節。「この世界は小さな物語が集まってできています…小さな物語を丁寧に描いていくことこそ(原爆のような)大きな事件を描き出す、最も確かな道なのだと思いませんか」―。現在、被爆証言を基に絵を制作している母校の取り組みに通じる言葉である。

 詩人の上田由美子(81)や歌人で書家の根尾洋子(82)の作品の根底にもヒロシマがある。

 上田は7歳の時、被爆から数日後の広島市内へ入った。高校時代は病弱で体育の授業はほとんど見学した。2003(平成15)年から詩誌「火皿」などで戦争への怒りや悲しみを込めた作品を発表した。

 09(同21)年の詩集「八月の夕凪(ゆうなぎ)」に収録された作品は、母校の創造表現コースの生徒たちが絵画やアニメーション制作の題材に。「奇跡の友」と題する詩を基にしたアニメ作品「少女の祈り」は今年、総務大臣奨励賞を受賞した。

 根尾は上田と同級で歌誌「窓日」同人。広島県産業奨励館(現原爆ドーム)に勤めていた父はあの日、自宅で休養していて助かったが、翌年春、死亡した。そんな体験から原爆を詠んだ短歌は多い。「母の背で水と叫びし幼子に親の泣く声いまもわすれじ」。歌集に「淡薄墨」「花水木」がある。大阪府高槻市在住。

 芸能界には舞台俳優の中村香織(40)や上方落語の二代目桂鯛蔵(かつら・たいぞう)(40)=本名丸岡忠佐=がいる。中村は小学生の頃からミュージカルに憧れ、合唱部のある基町高へ。韓国人原爆犠牲者慰霊碑に歌をささげた体験から平和への関心が芽生えた。俳優になってからは、祖母の戦争体験を基にした朗読劇を発表。今年9月には広島平和記念公園そばのおりづるタワー展望台で、原爆投下を想起させる観客参加型のミュージカルを上演した。「高校時代は3年間、夏のコンクールを目指して頑張っていました。仲間と歌う喜びを教えてもらいました。私の歌の原点です」

 桂は03(同15)年、人間国宝桂米朝一門の桂都丸(現桂塩鯛)に入門。10(同22)年には成長著しい若手に贈られる繁昌(はんじょう)亭輝き賞に輝いた。広島でも度々、高座を務め、今年12月8日には中国新聞ホールでの桂米朝一門会inひろしまに出演する。「高校時代は面白い先生が多く、知的好奇心から語彙(ごい)力を広げることができました」と振り返り、「僕らの頃は木造の油臭い校舎でしたが、今は見違えるような校舎で生徒はみんな利発そう。現在の母校に先輩として言うことは何もありません」。=敬称略(客員編集委員・冨沢佐一)

 <学校史から>1945(昭和20)年、現在の中広中(広島市西区)の位置にあった前身の市立中学が原爆投下によって全焼。生徒と教職員約370人が犠牲になったとされる。中区の動員先近くには慰霊碑が設置され昨年、校内に移設された▽49(同24)年の基町高校発足時には普通科や定時制のほか、商業科が設けられて、廃校となった県市の商業高校の教師生徒も編入された。だが54(同29)年には県広島商業高校が復活し商業科はそちらへ移された。また定時制は分離独立し市商業高校(現大手町商高)となった▽67(同42)年、校地が広島平和記念都市建設法によって国から無償で払い下げられた▽2000(平成12)年、市の事業「ひろしま2045平和と創造のまち」に基づく斬新な校舎の新築工事が完了。

(2019年11月22日中国新聞セレクト掲載)

年別アーカイブ