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社説・コラム

『想』 村上須賀子(むらかみ・すがこ) 受け取る力

 100人余りの学生の授業では、何人かの居眠りは容認しなければならないのが実情だ。ところが、その日の学生たちは違っていた。

 今夏、広島文化学園大の人間健康学部坂キャンパス(広島県坂町)と看護学部阿賀キャンパス(呉市)で、1年生に原爆被爆をテーマに講義を行った。ゲストに迎えた川下ヒロエさんが学生の態度に傷つくのではないかと、内心緊張した。

 ヒロエさんは原爆小頭症(妊娠初期の母胎内で被爆し、知的などの障害を負う)被爆者の一人である。彼女は多くは語らない。5年前に亡くなった母兼子さんと彼女の2人暮らしのドキュメントを映写した後、ヒロエさんは、母への思いを詩にした「母こぐさの花」を、涙をこらえてゆっくりと読んでくれた。その一生懸命なたたずまいは、学生に感動を与えたようだ。

 ぎっしりと書き込まれた感想が寄せられた。「原爆はその後の人生に大きな影響をもたらし続けるということを改めて学んだ」「世の中にこんなに辛(つら)い思いをしても前向きに頑張っている人がいるんだと勇気をもらった」「次につなぐのが広島人としての役目だと感じた」…。他県からの学生も含め、自分の生き方に引き寄せて考えていた。

 感想を私と一緒に読み進めたヒロエさんの表情が、生き生きと輝いてきた。後日、広島市内で全国からの中高生に語る機会もあったが、ヒロエさんの発する言葉は増え、「私の窓が開いたみたいね」と語った。

 たとえ被爆者から直接体験を聞けなくなっても、その子や孫や関係者が、伝える側として脈々と存在する。受け取る側には感受性や想像力が必要だ。学生アンケートによると、平和学習は大多数が小学校で体験しているが、中高や大学ではまれだ。「受け取る力」が成熟した青年期の学びこそ、むしろ重要ではないだろうか。

 二度とこの惨劇を繰り返させないために、人間は何を考え、どう行動しなければならないのか。学生たちにはそんな学びを胸に、社会に旅立ってほしいと願う。(広島文化学園大教授)

(2019年10月17日朝刊掲載)

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