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連載・特集

「がんす横丁」シリーズ 夢の盛り場―新天地界わいの思い出― (十)紙屋町付近チクオン器屋①

文・薄田太郎 絵・福井芳郎

   この盛り場でのひろいものは、街頭チクオン器屋のことである。丁度(ちょうど)、紙屋町停留所近くに場所を占めていたが、相当間口のある屋台店で、軍艦の前後マストのように、二本の柱があり、それが一本のブリキ管で結ばれ、左右二本の柱からは、更に二十数本のゴム管で接続されている。そして、その先端はお医者さんの聴診器のように、両耳に差し込んで訊(き)くといった仕掛けのものがぶらさがっている。

 二本マストの上部一帯は、当時の花形浪曲家のブロマイドが掲げられてある。日本一と評判をとった桃中軒雲右衛門入道というのが入道ならぬ総髪姿の雲さんで、中央高く陣取れば、その右には軍事モノの東家楽燕、左には盲目の浪花家小虎丸がモーニング姿であったり、東武蔵、吉田奈良丸と当代一流の浪曲人が、ケンランとはゆかないまでも、揃(そろ)いの紋付(もんつき)羽織、ハカマ姿で、立派にカシコマッたシャシンが陳列されている。時に風にゆられて女流浪曲人の姿が、ユラユラと動いているあたり、時はまさに春、まことにタイトウたる気分で、この屋台の中央硝子(がらす)箱には蓄音器といわれるせいみつキカイが入れられてある。これを中心に、二つの台がつくられて、その上には白い円筒箱が並んでいる。そしてこの箱の上には、塩原多助とか、南部坂、小松嵐、神崎与五郎東くだりなどと書いてあるレコードのことを円盤というが、この時代にはまだエジソン翁の試作品の域を出ない円筒式ホーンでアメリカ直輸入のキカイとかである。これは円筒式エボナイトというのか、白い円筒に横刻みに溝が入れられて見かけはなかなかにガンジヨウそうである。それが硝子箱に入れられた、丁度するめ延し機のような金ゾク製の円筒にはめられて、上から熊手のようなものに取りつけられた針が、この刻まれた横ミゾにおろされるという仕掛けである。

 一回の回転時間が凡(おおよ)そ三分で、普通のレコード盤使用時間と変(かわ)りはない。これを一本聴くのは、金二銭なのである。時々、無料公聴のため、熊手の先をユリの花型の大スピーに接続して聴かすのであるが、これは浪曲でなくて、磯ぶしとか、どどいつのタグイであるこのキカイは、斯(か)くのごとく、聴(きこ)えるものであると一度公聴させて「いよいよ雲右衛門入道の南部坂」となって、二銭を集めてマストにつながる聴診器を、一本ずつ客に提供する。

(2015年7月19日中国新聞セレクト掲載)

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