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連載・特集

「がんす横丁」シリーズ 夢の盛り場―新天地界わいの思い出― (十三)勧商場の夕涼み

文・薄田太郎 絵・福井芳郎

 ひろしまで夏の訪れをハッキリさせてくれるのは、旧端午の節句の、三川町とうか祭である。通称とうかさんと言われるが、実は「稲荷」と書いて、「いなり」と読まないだけのチガイである。そして、誰が決めたのか、この晩からユカタを着るならわしとなった。

 一方では、この日から勧商場の広場には見あげるような高台が拵(こし)らえられる。これを名物夕涼み台というが、実は、氷店にほかならない。階段は、はきもののすべりを防ぐために、ムシロが敷かれて青竹でとめてある。流石にこしらえの場所に腰をおろせば、涼風がマンキツ出来た。後にこの高台は中島本町の集散場にも出来て、その人気を二分した。然(しか)し勧商場側では、毎年世界一周というパノラマを呼んで、中島側に対抗した。これは世界一周館、別名を水族館とも言って、もと新天座近くに立てられた掛小屋である。モロモロの魚族がガラス箱に入れられて、これが電灯ならぬガス灯で照らされている。とに角、魚の動く生態がハッキリみられるというのが、珍しがられた時代であるから、およそ昔話のブルイである。

 この世界一周は、見物が汽船に乗って、世界を一巡するという仕掛けで、自分たちが立っているところは、船のデッキのこしらえである。 「足を踏みはずすと大変ですよ」など、呼び込みのおっさんにおどされながら、漸(ようや)くデッキにたどりつく。ピリピリと笛が鳴ると、ボォーと汽笛の音―錨(いかり)を揚げるコマカイ音まで聞かせると、いともフクザツな機械音にまじって、波の音、見物席の灯が消されて、アセチレン瓦斯(がす)の香りプンプンたるうちに前方には左から右へ椰子(やし)のある島影などが動き流れてゆく。やがて印度でもあろう、ターバンを巻いた黒人が市場にむらがっているところや、エジプトでもあろう、ピラミッドあり、スフィンクスありらくだのムレがあって、われ地中海を航(い)くというのか、世界の風物をカンショウする教育的見地物でこれらの風俗画の移動につれて解説者の説明を聞く。

 つまりは、波の音を聞きながら(小豆ころがしの波の音である)涼を追う夏らしい思いつきだが、あまり多勢の見物で汗タラタラとなり、全くのところ納涼どころではない。

 そこで、この世界一周館を出ると、あまり暑いので、氷でものもうと、高台にあがってゆくというアッパレなる趣向なのである。

(2015年8月16日中国新聞セレクト掲載)

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