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連載・特集

「がんす横丁」シリーズ 夢の盛り場―新天地界わいの思い出― (十四)籔くゞり

文・薄田太郎 絵・福井芳郎

 同じ夕涼みに、八千代座のとなりに、仁輪加の小屋が急造されて夏の芝居が興行される。ちょっとした田舎まわりの役者が、夏場稼ぎに毎年やって来たもので、この芝居が一本立のものでナイというのは、喜劇をやるのが身上で、衣装はともかくとして、博多にわか同様、ボテかづらしか使えないのである。それが若い女形となると、人気のセイでか、本カヅラを使用する。ところが、カンサツの関係でか本かづらの使用が許されない。そこにムジュンがあって次のようなゲンショウが見られた。―ある晩、この芝居を見ていると、例のとおり本かづらを使っている。ところが、臨官席に警官が現れた。トタンにこの女形はふところから日本手拭を出して本かづらの上にフワリとかける。舞台は、そのまま進行する。そして警官の退席と同時に、頭にフワリの手拭はフトコロに納められる。―面白いのは、この手拭を本かづらにかけることで、その筋のお目こぼしにあずかるというワケである。当時の芸人のカンサツには、一級から八級まであって、かづらの点にまでこの等級がワザワイしていたのであるが、運用の妙というか、本当にミョウな話である。(広島のカンサツは、全国でも有名なものであった)

 また、この広島には、とうかさんをきっかけに「籔くぐり」の興行もやって来た。竹やぶでいくつもの、迷路がつくられる。途中にかんおけがあって、人が近づくとフタが開いて、死人が宙づりになってキモを冷す。トツゼン頭の上に大きな手がブラさがるので、奇声をあげて表口の方に走り出ると、アラおしまいだッ!である。完全に妖怪どもをセイフクしてやぶをくぐり抜けると、手拭一本がもらえる。このヨウカイのヒミツも、数日後にバクロされるので、ヤブくぐり選手が多くなって、手拭を出してばかりいては、二銭の入場料では手が打てないので、賞品は取りやめということになる。これはその頃流行した試タン会の興行化で、夏のひとときを、大いに若い人たちに愛用されたもので男女一組の抱ヨウした姿を見ててっきりお化けだと思った善良な子供たちの話でも、籔くぐりの効果は、ある程度ショウメイされたことになる。

 それにしても、この見世物をたたむ時が物凄(ものすご)い。血だらけの一目小僧が縛りあげられて、箱の中に入れられたり、バラバラになった棺桶(かんおけ)が薪のように、一くくりに片づけられたり、青白い細い手ばかりが一束にされて、車に積まれて持ち運ばれるところを見ていると、子供心に不思議な世界に引き込まれた気がした。

(2015年8月23日中国新聞セレクト掲載)

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