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慰霊碑の名前 最期刻む調査 戦没者111人の状況 「次世代へ」

 広島県東広島市高屋町の東高屋遺族会会長、山本敏正さん(71)が、地域の戦没者慰霊碑に刻まれた142人の名前を手掛かりに、死亡状況を調べ、戦死した場所や日付、年齢など111人について何らかの情報が集まった。遺族の高齢化に伴い、戦争体験の風化も進む。山本さんは「戦争の愚かさを次の世代に伝えたい」と誓っている。(安道啓子)

 1959年建立の石碑は風雨にさらされ、一部は読めなくなっている。遺族会にもまとまった戦没者の記録はない。1月に調査を始め、約3カ月かけて町内を尋ね歩いた。転居した遺族もおり、判明したのは20人だった。

 近くの養国寺の藤原正思住職(80)に相談。知人に声を掛けてもらった。65年ごろに遺族会がまとめた資料も探し出すことができた。山本さんの調査分も合わせて111人の記録が集まった。

 死亡した日が分かった108人のうち、太平洋戦争末期の44~45年の死者は59人で、5割強だった。死亡場所が判明したのは90人。そのうちフィリピンやニューギニア、中国など国外での死者が79人だった。広島への原爆投下の犠牲者も7人。年代では20代が6割、7人は未成年だった。

 10年前に15人いた遺族会会員は現在6人。8月の慰霊祭の参列者も年々減り、今夏は13人だった。薄れる記憶に危機感は強まる。

 生まれる前に父親が召集され、顔を知らない山本さんは「142人全員に家族がいて、普通の生活があったことに思いをはせて」。藤原住職も「戦争は遠い世界の話ではない。身近に悲しい思いをした人がいると知ってほしい」と願っている。

(2013年8月13日朝刊掲載)

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