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連載・特集

勝丸恭子のにじいろ天気図 <31> 平和のしるし

 広島市にある江波山気象館は、全国でも珍しいお天気の博物館です。風速20メートルの風を体験したり、雷や台風の仕組みを体感できたりするので、夏休み中のお子さんはもちろん、大人でも楽しめる場所だと思います。

 ここは以前、広島地方気象台だった建物です。昭和10年から同62年まで毎日、気象台の職員の方が気温や風の観測をしたり天気予報をしたりしていました。

 71年前の8月6日もそうでした。広島に原爆が投下された日です。爆心地から3・6キロあまりの江波山にも爆風が吹きました。

 写真は、当日の当番日誌です。観測のための機器が壊れ、けが人が出たこと。火事と雷があちこちで発生し、横川方面に大雨が降ったことが書かれています。そんな中でもできる限りの気象観測が休むことなく続けられました。ただ、東京に連絡を取ることができなかったため、昭和20年8月6日の天気図は広島の情報が抜け落ちています。

 その後も欠かさず付けられた日誌の中で目に留まったのは8月22日。「本日より気象電報は暗号化せず」という一文です。戦争中、天気予報は敵に知られてはいけない秘密の情報で、ラジオなどでも放送されませんでした。全国各地で観測されたデータは暗号にして東京へ送られました。あすは晴れるか雨なのか、多くの人の生活や命を守るはずの天気予報が戦争のために隠されていたのです。

 広島で生まれ育った私にとって、昔から8月6日はとても大切な日です。朝、クラブ活動に向かう途中に8時15分を迎え、歩道の隅で友達と黙とうした年もありました。一方で平和な広島しか知らない私にとって被爆当時のことはどんなに想像しても想像しきれないものでもありました。

 でも、当時広島の空を見上げ続けた方の手書きの文字に触れ、今の私が毎日広島の天気予報を放送していることの、その平和の大切さに改めて思いをはせることができました。

 被爆建物の江波山気象館には手書きの当番日誌が展示されているほか、壁に刺さったガラス片や爆風で曲がった窓枠もそのまま保存されています。(NHK広島・気象キャスター)

(2016年8月5日中国新聞セレクト掲載)

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