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社説・コラム

[復興の記憶 カープ物語 泉美術館写真展から] 球団結成式(1950年1月15日)

にぎやかに門出祝う

 からりと晴れた成人の日の空に、十数匹のこいのぼりが泳いだ。広島カープの結成式は、西練兵場跡(広島市中区、今の広島県庁周辺)であった。木造の小さなスタンドを設けただけの、名ばかりの球場であった。

 午後2時半のスタートを待てずに早朝から2万人以上が押し掛けたと、当時の記事は伝える。お披露目したユニホームはグレーで、胸のロゴと縁取りは濃紺だった。人数分は間に合わず、背広姿もいたという。

 原爆により焼け野原となった広島。希望のシンボルにプロ野球チームを―との構想が明らかになって、わずか3カ月余り。情熱だけがあふれ、資金の見通しは不透明だった。選手は、広島商高出身で阪神を優勝に導いた石本秀一監督がかき集めた。体裁を整えるために、引退選手の名前も借りた。

 不安だらけの出発。それでも、山車がアヒル3羽と練り歩いたり、大人の背丈もある宮島の大しゃもじが記念品に贈られたり。少年たちは選手をサイン攻めにして、お祭り騒ぎが繰り広げられた。市民とカープの熱い物語は、ここから始まった。(増田泉子)

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 広島市西区商工センターの泉美術館で開催中の「復興の記憶 カープ物語」(泉美術館、中国新聞社主催)は、広島東洋カープと市民の歩んだ歴史を中国新聞社が撮影した写真100点余を通してたどります。展示作品をエピソードとともに紹介します。展覧会は9月4日まで。大人300円、高校大学生150円、中学生以下無料。月曜休館。

(2016年7月21日中国新聞セレクト掲載)

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