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社説・コラム

『想』 高田龍治(たかだ・りゅうじ) 歌の持つ力

 「歌(音楽)で岩(状況)を動かすことはできないが、動かそうとする(変えようとする)人たちの力になれる」。作曲家の池辺晋一郎さんが講演などで口にする言葉です。今、この意味をかみしめています。

 私が指導する呉市の「合唱団たんぽぽ」に、おちゃめで笑顔のすてきな86歳の女性がいます。被爆者と聞いていました。平和を歌う「折り鶴」を練習曲にした4年前のある日、「原爆に遭ったときの話をみんなにしてもらえない?」と提案しました。返事は「話しません」。思いのほか強い口調でした。

 ♪生きていてよかった それを感じたくて 広島のまちから私は歩いてきた…。この耳をふさいでも 聞こえる声がある…。

 みんなが大きな声で歌う中で、彼女の口はあまり開きません。後で知るのですが、彼女は原爆で家族6人を一度に失っていました。周囲のだれにも詳しいことを話さず、生きてきたのです。

 たんぽぽではその後もヒロシマの歌、平和の歌を多く歌いました。少しずつ心の扉が開いたのかもしれません。昨年6月、広島県安芸太田町であった「全国青年のうたごえ交流会」で、彼女は初めて自身の被爆体験を話してくれました。

 心身の緊張や消耗が周りからも分かりました。それでも「戦争のない、核兵器のない、真の平和の実現を」と訴えました。その後、地元の小学校などでも話しました。今は「折り鶴」も大きな声で歌います。

 歌が、70年後の証言のきっかけになったと感じます。歌声に心を揺さぶられ、「平和な世界の実現」への希望を感じたことが、語る決心につながったのだと思います。もちろん、共に声を合わせる仲間の存在も大きかったでしょう。

 被爆から71年。原爆を直接知る人が少なくなる中、あの日を思い、いろんな形で語り継ぐことが平和への道しるべになるはずです。これからも、歌の力を信じ、平和を願い、みんなと一緒に歌っていきたいと考えています。(広島合唱団指揮者)

(2016年2月19日中国新聞セレクト掲載)

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