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連載・特集

年金 もらい忘れていませんか? 柴田友都 <1> 旧呉海軍工廠に勤務

「もう時効」 窓口説明覆る

 2019年10月、京都市在住のS子さん(67)から年金相談の電話をいただきました。埋もれた年金を捜す私の活動を、テレビや新聞で知ったのだそうです。

 聞くと、18年に他界した父のT助さん=1927(昭和2)年生まれ=は戦時中、呉市の呉海軍工廠(こうしょう)で働いていたとのこと。生前、「年金がもらえたら」と一緒に地元の社会保険事務所(現・年金事務所)へ相談に行ったものの、「もう時効です」と言われ、そのまま帰ったとも話されていました。

 軍直営だった軍需工場の年金は、請求が難しい案件です。T助さんが年金としてもらえる条件をあらかじめ確認した上で、調査を引き受けることにしました。

 S子さんによると、広島県内の実家には、母のA子さん=30(昭和5)年生まれ=が兄夫婦と元気に暮らしているそうです。S子さんも近々、実家を訪ねる予定ということで、調査に欠かせない書類一式を送り、私の事務所に返送してもらうようお願いしました。

 約3週間後、相談書類が届きました。T助さんの遺族厚生年金として、A子さんが268カ月分もらっていることも分かり、年金請求に必要な履歴申立書の作成に取り掛かりました。

 A子さんは、T助さんが水雷部で働いていたことも聞いており、その情報も含めて申請書類を地元の年金事務所に提出しました。約10カ月後、T助さんの呉海軍工廠での年金加入期間が42(昭和17)年6月から45(同20)年8月まで認められ、A子さんに約220万円の老齢年金分が支給されました。

 支給の翌日、広島のお兄さんからS子さんに連絡があり、A子さんは「天国のお父さんから思いがけないプレゼントをもらった」と喜んでいたそうです。S子さんからは「本当に諦めなくてよかった。これからも年金の知識がなく困っている人のために頑張ってください」と激励の言葉をいただきました。(年金コンサルタント)

    ◇

 戦時中や戦後間もなく働いた人たちの年金記録が今なお、未請求のまま埋もれている。その数は1800万件ともいわれる。「もらい忘れ年金」を捜し、受給につなげてきた柴田友都さん(73)に、中国地方の事例を中心に紹介してもらう。

 しばた・ゆういち 1948年東京都生まれ。金融機関勤務を経て96年、産友社会保険労務士事務所を開設。全国で請求漏れ年金の調査を進め、受給につなげたケースは5千件を超す。埼玉県川口市在住。

 柴田さんの連絡先 〒333―0802埼玉県川口市戸塚東4の25の4、産友社会保険労務士事務所。☎048(296)2075、ファクス048(296)5914

(2021年10月8日朝刊掲載)

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