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社説・コラム

『想』 坂手洋二(さかて・ようじ) 「中国地方」の気風

 「中国地方」という名称は、畿内から見て「遠国」でも「近国」でもないエリアということが由来だという。ふだんはそこまで足を延ばすこともないし、どこか遠出するときも途中に経由する場所でしかない。

 自ら特別に打ち出す個性はあまりなく、特徴に乏しい。中国5県をまとめた共通項をと問われても、困惑してしまう。国内でも有数の大都市があるわけでもない。広島と岡山はある程度大きいが、覇権や勢力で互いにしのぎを削っている気配はない。鷹揚(おうよう)に構えているのだ。

 かつて新幹線「のぞみ」が初めて運行されたとき、岡山には停車するが名古屋には停車しない便を含んだダイヤが発表された。名古屋の人たちの怒りはすさまじかった。岡山の人たちは、最初に聞かされたときも、結局全ての便が名古屋にも止まると決まったときも、「ふうん」という反応だったと思う。

 そうした、大ざっぱで物事にとらわれない気風は、広島と岡山の海側において顕著で、それは温暖で肥沃(ひよく)な土地に恵まれ、台風も地震もめったに来ないということも関係しているのだろう。映画監督の故新藤兼人さんが、広島から上京した際、母上から「広島もんはのんびりしているから、これまで通りと思ってはいけない、気をつけるように」と言われたのは有名な話だが、実際、私もそう思う。

 瀬戸内海に向いた2県の気候や環境が似ていることは確かで、広島の原爆被害を描いた今村昌平監督の映画『黒い雨』の撮影の多くは、現在私の実家のある瀬戸内市の牛窓で行われた。私が岡山出身者であることと、貧乏劇団で当時は食事は全て自炊するツアーをしていたことが知られていたのか、撮影班の賄い班長をやらないかと誘われたことがある。牛窓で今村監督は『カンゾー先生』も撮ったし、想田和弘監督の新作『牡蠣工場』も牛窓で撮影されているという。

 そうして瀬戸内海という共通項で考えていくと、山口、広島、岡山、愛媛、香川も「内海国」と呼ぶべき共通意識のエリアではないかという気がしてきた。

 激しく荒れることの少ない穏やかな内海の島々に、三つのハンセン病国立療養所がある。岡山県の長島愛生園・邑久光明園と、香川県の大島青松園である。全国に13ある国立療養所の3分の1の人たちが、この瀬戸内エリアで暮らしている。

 瀬戸内地方では、この施設があることを多くの人が知らずに過ごしてきてしまった。私も長く知らなかった。知らずにいたという事実には、鷹揚に構え、物事を習慣的に「近くでも遠くでもない」距離感のなさで捉えてしまう瀬戸内気質が影響しているかもしれない。

 長島愛生園の中にハンセン病患者のための唯一の公立高校として造られた「邑久高校新良田教室」に集められた新入生たちがいた。その入学のための旅を描く新作『お召し列車』を、渡辺美佐子さんをお迎えして公演している。

 私のふるさとの島々にその場所があったことを、「中国地方」の気風とも関連して、さまざまに思い巡らしている日々である。(劇作家・演出家)

(2015年12月15日中国新聞セレクト掲載)

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