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社説・コラム

『想』 蔵川瑠美(くらかわ・るみ) 広響 新たなステージ

 春は世の中でいろいろなことが変わる季節。広島交響楽団も大きな変化を迎えた。秋山和慶音楽監督の退任である。音楽面における全責任を負うのが音楽監督で、外国ではシェフと呼ばれたりする。厨房(ちゅうぼう)における料理長、学校でいえば校長のような存在だ。20年間、同じオーケストラを指揮し続けられる指揮者はそうそういない。私は幸運にも集大成の時期に、最も近い場所で関わることができた。

 秋山さんの人柄が垣間見えた思い出がある。リムスキーコルサコフのスペイン奇想曲のリハーサルの時のこと。この曲にはコンサートマスターの華やかな独奏部分がある。全員で練習するリハーサルの前に、楽屋で一人その箇所を練習していたら、誰かがドアをノックする。開けてみると秋山さんが立っていた。指揮者の楽屋とコンサートマスターの楽屋は隣同士。「聴こえていたからさ」と言って入ってこられた。これまで私が質問のため秋山さんの部屋をノックすることは度々あったが、逆は初めてだったので驚いた。

 それからは、表現の内容や音色の選び方をたくさん打ち合わせた。最後には、私が使用する弓を、2本あるうちどちらにするかという相談にも乗ってくださった。どちらも性格が違って選び難いから、いっそのことえんび服のポケットに入れて2本とも持って出ようか―などと冗談も飛び出した。

 リハーサルの3日間は試行錯誤を繰り返し、本番当日は最終リハーサルであるゲネプロが終わってからお客さまが会場に入る直前まで付きっきりでアドバイスをくださった。本番で弾き終えた瞬間、涙が出た。本番の一瞬のためにギリギリまで必要な音を求め続けること、その執念を教わった気がした。

 4月から広響は、新しい音楽監督、下野竜也のもとで歩み始めた。二次元の楽譜から、音で3Dの世界をつくることができる魔法使いのような指揮者である。時代とともに、オーケストラも進化する。変化の渦をうまくつかんで、私も大きく成長していきたい。(広島交響楽団コンサートミストレス)

(2017年4月26日中国新聞セレクト掲載)

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