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社説・コラム

『想』 時川英之(ときがわ・ひでゆき) 鯉(こい)のはなシアター

 広島東洋カープについての映像作品を監督できるなんて、夢のような企画でした。劇場版「鯉(こい)のはなシアター」は、昨年広島で14週のロングラン、東京、大阪などでも大盛況。4月8日からは横川シネマ(広島市西区)で広島凱旋(がいせん)上映が始まります。

 作品には戦後の広島に実在したスポーツ店が出てきます。それが物語の重要なエピソードとなっています。その実話を取材したのは中国新聞の記者の方でした。1970年代に彼は広島の街で、カープ創世を知る人々を数多く取材し、ファンの実話を集めた本「カープ30年」ができました。やがて歳月とともに取材を受けた人々は亡くなり、本は戦後の広島市民とカープの関係を記した貴重な資料となりました。その本に構成作家の桝本壮志さんが出会い、幾つかの実話を織り込んだ小説を書いて、劇場版「鯉のはなシアター」につながったことを考えると、感慨深いものがあります。

 本にはスポーツ店の店主などカープが大好きだった戦後の広島の市民がたくさん出てきます。かなり度を越したほどに彼らはカープを応援しました。脚本を作る時、僕はその人たちのことをゆっくりと想像してみました。どんなにカープが好きだったんだろう? どうしてそこまで好きだったんだろう? 当時の広島の風景や人々の生活、スタンドからカープの選手を見守る人々も想像してみました。

 戦後、廃虚から必死に立ち上がろうとする広島に誕生したカープは、貧乏で弱いけれど、今の僕らに想像もできないほど多くの思いを背負っていたのではないでしょうか。そこに胸を熱くするものを感じました。この街を大切に思う気持ちと、カープへの気持ちは深く関係しているのです。それを物語の柱にして、作品を作れないかと試行錯誤しました。

 戦後、カープを熱く見守り続けた大勢の人々がいて、その気持ちがずっと続いてきて、今の広島に僕らのカープがある。映像でその喜びを少しは表現できたかなと思います。今年もまたカープが躍動し、新しい物語が始まります。(映像作家)

(2019年4月5日中国新聞セレクト掲載)

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