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社説・コラム

『想』 木本(きもと)いず美(み) 雅楽に魅せられて

 私は長年、ジャズ・シンガーとして活動してきましたが、現在は雅楽と西洋音楽の融合集団「YAMATO」を主宰しています。ジャズと雅楽。なぜ―と思われる方も多いようです。

 私は昨年亡くなった大橋巨泉さん率いる「ザ・サラブレッズ」で、四十数年前にデビューしました。今でも指針にしている彼の言葉があります。「人まねをするな。オリジナリティーを持たないと世界には通用しない」という言葉です。

 その後の歩みは、高い山を登るのに似ていました。ジグザグ歩く。少し登ったと思ったら、また下る。また少し登る…。こうして、歌手という道をゆっくり精進し、自分のアイデンティティーを探求した末に、雅楽にたどり着きました。

 すると、日本という国の素晴らしさ、その根源が次々と分かったような気がしてきました。太古の人々の心、特に大自然を神と崇拝する心です。雅楽は天と人間が、自然と人間が一体となる音楽です。そんな日本人の魂を持ちつつ西洋の音楽と融合した音楽を―と考えて作ったのが「YAMATO」でした。私は雅楽の中でも、世界最古の名曲「越天楽(えてんらく)」が特に好きです。今、「越天楽」をどれほどの日本人がご存じでしょうか。

 私は幼時から、クラシック以外は音楽と認めない父によってクラシック音楽を習わさせられました。だから、12音階しか知りませんでした。これに対し邦楽は純正調という音階で、半音の中に何十という音があります。色にしても、日本人は繊細な感覚で、微妙に違う多くの色を使い分けてきました。「自分たちの国では決して生まれない偉大な芸術、内省のオアシスである」とヨーロッパの評論家も言っています。

 今、故郷広島に帰ってきて私が切実に願っていること。それは広島の人間として、被爆2世として、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さを音楽を通して発信することです。そして、雅楽と西洋音楽の融合した音楽こそ、それができると思っています。(音楽集団「YAMATO」代表、ジャズ・シンガー)

(2017年3月8日中国新聞セレクト掲載)

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