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社説・コラム

『想』 岡崎弥保(おかざき・みほ) 広島で「父と暮せば」

 東京を拠点に原爆文学に関する作品の舞台や朗読をしている。「ひろしまのピカ」「夏の花」等の朗読CDを発売し、毎年原爆忌に井上ひさしの「父と暮せば」の舞台を続けている。その公演は6年目を迎える。

 原爆で生き残ったことに負い目を感じ、恋することさえ拒む娘・美津江の前に、恋の応援団長として亡き父親が現れる。2人のたわいない会話から、原爆が人間にもたらしたものがまざまざと浮かび上がってくる。

 この作品に取り組むようになったのは、東日本大震災後に福島を訪れた時の衝撃が深く心に刻まれたからだった。人々の暮らしが突如断ち切られている場に立ち、核と人は共存しないと本能的に感じた。

 父は広島出身、これまで漠としていた原発と原爆が、一本の線のようにつながっていく。被爆者に話を聴きにいくようになった。被爆者の話は過去のものではない。

 昨年の春、1人の被爆者と出会う。被爆当時、広島二中の2年生だった西村利信さんはのちに千葉県に移り、被爆4年後に克明な原爆体験記を書き残していた。連合国軍総司令部(GHQ)の検閲を逃れた貴重な手記だった。手書きのガリ版刷りをデータ化し公表した。大きな反響があった。西村さんは大変喜ばれ、「広島の惨状を忘れてはならない」と力強く私の手を握った。

 東京の原爆忌公演の意義は、年々深まっているように感じられる。終戦記念日に重きがおかれがちな東京で、8月6日にその日、その場所で思いをはせることの大切さを知った人々が、毎年足を運び、その輪は静かな広がりを見せている。

 ドラマリーディング。戯曲を声で届ける私たちの舞台では、観客自身が言葉をストレートに受け取り、想像し、作品世界に足を踏み入れる。ゆえに私たちはその声の力を信じて、稽古に励み、上演を重ねてきた。

 それを、次は念願の広島の地で。7月7日、くしくも核兵器禁止条約が国連で採択された日、本願寺広島別院にて私たちは「父と暮せば」を上演する。(俳優・語り手)

(2019年7月3日中国新聞セレクト掲載)

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