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[ヒロシマの空白 被爆76年 証しを残す] 被爆4年後 カラー写真 米大図書館 20枚保有

 米軍の原爆投下から4年後の1949年、広島市で原爆ドーム周辺や広島駅前を撮影したカラー写真20枚が、米国ユタ州のユタ大図書館に残っていた。原爆資料館(広島市中区)は「被爆から間もない復興期のカラー写真は非常に珍しく、貴重だ」とし、一部の画像を近く展示する。

 写真は、日本美術の研究者でユタ大名誉教授を務めた故パトリック・レノックス・ティアニー氏(2015年に101歳で死去)が、同大図書館に寄贈した資料の一部。ティアニー氏は、日本の占領政策を担った連合国軍総司令部(GHQ)で美術品や記念碑の保存に関わる仕事に従事した。その後もたびたび来日し、日本の風景や文化財などのカラー写真を数多く残した。

 被爆4年後のカラー20枚のうち1枚は原爆ドーム周辺の川辺。丸木位里、俊夫妻が描いた「原爆の図」を50年に展示するなど占領期の市内の文化・平和活動を支えた集会所「五流荘」が写っている。日仏合作映画「ヒロシマ・モナムール(59年、邦題『二十四時間の情事』)」に登場したことで知られ、ドーム脇に戦後早くから営業していた喫茶店「どーむ」も納まっている。資料館に同様のカラー写真はないという。

 原爆資料館は今年9月、ティアニー氏寄贈の写真1万点以上をインターネット上で閲覧できるユタ大図書館のデジタルアーカイブズを調べ、広島市の写真を見つけた。日本で市民が撮影する写真が主にカラーとなるのは70年代からとされ、同館が占領期の広島のカラー写真を新たに確認するのは珍しい。(水川恭輔)

(2021年10月16日朝刊掲載)

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