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社説・コラム

天風録 『日鉄、宝山鋼鉄を訴える』

 日中が国交を回復して5年後の1977年。ある訪日団を当時の新日鉄の現場に案内し、夜の宴席では缶ビールをプシュッとやる。これは鉄でできています、と日本側が配ると一行は「アイヤー」と驚いた▲彼らは帰国後、共産党指導部に報告する。「あんなに薄くきれいな鉄板はとても作れない」。かの国は彼我の差を痛感して新日鉄に協力を求め、翌年、上海に今の宝山鋼鉄を建設する合意に至った―。「証言戦後日中関係秘史」(岩波書店)で、日中貿易の実務家が回顧している▲ところが先日、新日鉄の流れをくむ日鉄が宝山鋼鉄を訴えた。この間柄で、訴訟沙汰とは穏やかではない▲電気自動車に欠かせぬ部品、電磁鋼板の特許権を宝山鋼鉄が侵害したというのが理由。部品を仕入れるトヨタ自動車も訴えられた。脱炭素が進む中、日鉄にとって電磁鋼板は「虎の子」。トヨタにしてみれば、調達先は多い方が優位に立てる。話し合いでは解決できなかったとか▲中国残留孤児を主人公にした山崎豊子さんの長編小説「大地の子」に宝山鋼鉄は「宝華製鉄」として出てくる。引き裂かれた父子が再会する場だ。このたびの法廷に「情」が持ち込まれることはあろうか。

(2021年10月18日朝刊掲載)

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