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[地域の明日 2021衆院選] 核禁条約 「日本参加を」被爆地の声

オブザーバー 第一歩に

 広島県被団協(坪井直理事長)が事務局を置く広島市中区の平和会館。2階の一室には、日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名用紙を収めた段ボール箱が積み上がっていた。その一枚一枚に、核兵器廃絶を願う被爆者や市民の名前が記されている。

 「核兵器を禁止して一日も早く廃絶する。この世界の動きに日本が加わるように、一人でも多くの署名を政府に届けたい」。箕牧(みまき)智之理事長代行(79)は地元の北広島町を中心に署名を集めている。

 2017年、被爆者代表の一人として米ニューヨークの国連本部で禁止条約の交渉会議を傍聴した。被爆者が訴える核使用の非人道性に駆られて条約制定に動く非核保有国や海外の市民の動きに触れ、強く共感した。

 しかし、被爆国の日本政府の姿は議場になかった。政府は核兵器廃絶に向けた核保有国と非保有国の「橋渡し」を掲げながら、条約制定に反発する米国などの保有国に同調。交渉に参加しなかった。条約が採択された後も、日本の安全保障には米国の「核の傘」が不可欠だとして条約の署名・批准に背を向けてきた。

3月から署名も

 署名集めは今年3月、日本政府に政策転換を迫ろうと、もう一つの県被団協(佐久間邦彦理事長)などと始めた。松井一実市長や湯崎英彦知事も含め、これまでに約40万筆が集まった。

 箕牧さんが日本政府に期待する最初の一歩は、来年3月にオーストリアで初めて開かれる条約の締約国会議へのオブザーバー参加だ。条約は核使用・実験の被害者への援助も定める。批准前でも被爆者医療などの日本の知見を会議で伝えれば、条約の効果的な運用に貢献できるとの声もある。

 ただ、政府はそのオブザーバー参加にすら慎重だ。岸田文雄首相は国会の代表質問で参加を求められると、禁止条約には核保有国が入っていないとして「ご指摘のような対応よりも、核兵器国を関与させるよう努力しなければならない」と否定的な姿勢を示した。

「中身見えない」

 禁止条約の枠組みよりも核保有国を動かすことにこだわる岸田氏。今月5日、米国のバイデン大統領と電話で会談し連携を確認した。バイデン氏は副大統領を務めたオバマ政権が掲げた「核兵器なき世界」の目標継承に意欲を示し、現在は新たな核政策指針「核体制の見直し(NPR)」策定を進めているとされる。

 焦点は、核戦争のリスクや安全保障上の核の役割を減らす「核の先制不使用」を採用するかどうかだ。オバマ政権で検討した際、日本政府は「核抑止力の弱体化につながる」と水面下で反対したとされる。岸田氏は総裁選前に「日本から米国に核兵器の先制不使用を求めることはない」との考えを示した。反核団体などには、再び反対するのではないかとの懸念が広がる。

 「核保有国を関与させる努力をすると言いながら、肝心の中身が見えない。橋渡しすると言うならば、会議に出て非保有国との協力も深めるべきだ」。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))の川崎哲(あきら)国際運営委員(52)は訴える。

 海外では、米国の核戦力に依存する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるノルウェーがオブザーバー参加の方針を決めるなど新たな動きが出ている。被爆国・日本の役割について川崎さんは「被爆地の声を受け止めてオブザーバー参加を表明し、米国にも促してほしい」と求める。(水川恭輔)

核兵器禁止条約 核兵器の開発、保有、使用などの一切を禁止する初の国際条約。前文には、ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意すると明記。核抑止政策の柱である「使用するとの威嚇」も禁じる。2017年7月、国連の会議で核兵器を持たない122カ国・地域が賛成し、採択された。昨年10月に批准国が発効要件の50に達し、今年1月に発効した。現在の批准は56カ国。核保有国は参加していない。

(2021年10月21日朝刊掲載)

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