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連載・特集

「がんす横丁」シリーズ 續がんす横丁 (十二)東横町(その1)㊦

文・薄田太郎 え・福井芳郎

 演芸館で披露された松旭斎天一の新帰朝発表の大魔術も大したものだった。宙釣りにされた大かめの中から現れてくる天勝の洋装姿も美しいもので、後年、おばあちゃんになって、たびたび寿座に来演した彼女の姿を思い出すと、若さと美しさの魅力が、かくも人々の記憶に滲(し)みこんでいたものかとわれながら驚いている。

 半白の初代天一は、隠し玉やトランプを使う手先の芸には、入神の芸をみせた。彼が釣竿を持って客席の中にはいって、観客のえりあしあたりから生きた金魚を釣りあげて、これをガラスびんに投げ入れる手捌(てさば)きは、さすがに寿座にたびたび来演した二代目天一にはやれなかった初代限りの秘芸であった。

 初代天一が好評を博したのちのある正月興行に、中国の奇術曲芸団が来たのも、この演芸館であった。なかなかに日本語の達者な中国人がいて、曲芸の解説をしながら長剣のみの曲技を見せた、さてはカゴを舞台の中央に出したかと思うと、生きた二尺(約60センチ)あまりのヘビをわしづかみにして、やがて首の方から鼻口に押し込んでゆく。すると口中から、このへびの頭を引きずり出したのにはあきれた。御丁寧にもこの口中に長剣を差し入れて見せた。

 また別の中国人はのこくずを口中一パイにくわえてこれに種火を投げ込む。やがて口中から白煙が噴出すると見ていると、猛烈な勢いで火炎が吹き出して来た。彼は舞台中を走り回りながら、口中から火炎を吹きつづける。場内は煙で包まれている最中に、勢いのついた口中火炎が中国の怪談を思わすように飛び交うという光景で、この奇術団の上演もおもしろかった。

 「演芸館には、東京の一流演芸人しか来なかったものでがんす」といったのは、横町勧商場人の自慢でもあった。

 この連載は、1953(昭和28)年7月から9月にかけて中国新聞夕刊に掲載した「続がんす横丁」(第1部)の復刻です。旧漢字は新漢字とし、読みにくい箇所にルビを付けました。表現は原則として当時のままとしています。

(2019年7月28日中国新聞セレクト掲載)

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