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連載・特集

岸田首相就任1カ月 <下> 聞く力

車座対話や質疑で体現 政策・行動にどう反映

 4日朝。就任から1カ月を迎えた岸田文雄首相は官邸ロビーで報道陣と向き合った。組閣、衆院選、初外遊と駆け抜けたこの期間を「スピード感を持って進んだ」と振り返り、「これからは政策の実行だ。山積する課題に丁寧に取り組む」と決意を語った。

 政策を動かす上で重視するのが「聞く力」。自民党総裁選に名乗りを上げた8月26日の記者会見で披露した「岸田ノート」は衆院選遊説でも再三掲げた。10年来国民の声を書き留めてきたとして「これからも声をしっかり聞く。国民との約束の証しだ」と訴えた。

 官邸や党本部への出入りの際、この「聞く力」を体現する姿勢がうかがえる。報道陣の呼び掛けに足を止め質疑に応じる。菅義偉前首相時には珍しかった光景が今、定着しつつある。

過去にない行動

 10月中旬には官邸でこんな場面もあった。質問が途切れず、テーマは2019年参院選広島選挙区で自民党本部が1億5千万円を提供した問題に。「もう時間が…」と重心を玄関へ移したものの、思い直したように顔を上げ「最後(の質問)だ」と問いを促した。

 車座対話と銘打ち、新型コロナウイルス禍で苦しむ飲食業者や医療関係者らと意見交換を重ねる。「これまでの首相ではあり得ない行動」と首相周辺。松野博一官房長官も「われわれの話もしっかり聞いてくれる」と述べ、官邸には好意的な受け止めが広がる。

 一方で野党からは「実力者にばかり耳を傾けているのではないか」との批判も噴き出した。とりわけ党の実務を仕切る幹事長に、甘利明元経済再生担当相を起用した人事だ。安倍晋三元首相(山口4区)、麻生太郎副総裁と並ぶ「3A」とされ、両氏と気脈を通じる存在だからだ。

 甘利氏は神奈川13区で敗れ、その座を1カ月で追われる事態に。4年前に大臣辞任へ発展した自身と秘書の現金授受問題が再燃した。「すねに傷ある人を幹事長に据えたのは国民との意識のずれだ」。首相に近い中堅議員からも厳しい声が上がる。

核政策に落胆も

 首相は「政治とカネ」問題や国有地売却に絡む森友学園問題で再調査に否定的な考えを示している。岸田内閣発足直後の共同通信社の電話世論調査で、安倍、菅両政権の路線からの転換を求める声が約7割に上った。そのことからも、国民は首相の「聞く力」に期待を寄せる一方、政治をゆがめたと疑われる問題への具体的な対応を求めている。

 1カ月前の首相就任会見で「被爆地広島の首相として核兵器のない世界に向けて全力を尽くす」と踏み込んだ核政策は、被爆者から落胆の声が上がる。日本被団協代表委員の坪井直さんの訃報が届いた10月27日。坪井さんが望んだ核兵器禁止条約への参加を問われると「核兵器保有国が一国も入っていない」と改めて消極的な姿勢を示した。

 「期待していただけにがっかりだ。軍拡競争が激化する今こそ、被爆国が率先して核兵器をなくす提案をするべきなのに」。同代表委員の田中熙巳さん(89)は言う。こうした声をどう受け止め、いかに核なき世界へと歩むのか。国民の声、中でも耳の痛い声にこそ向き合い、具体的な行動に移すことも「聞く力」として問われる。(樋口浩二)

(2021年11月5日朝刊掲載)

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