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北朝鮮 再び核実験 「20キロトン」 長崎型に匹敵か

 北朝鮮は25日午前、国営朝鮮中央通信の報道を通じ「地下核実験を成功裏に行った」と発表した。2006年10月9日に続く2回目の核実験。包括的核実験禁止条約(CTBT)準備委員会は監視観測所のデータ解析の結果、北東部の咸鏡北道吉州郡豊渓里周辺にある前回実験場から数キロ離れた地点で実施されたとしている。地震規模は前回のマグニチュード(M)4.1を上回るM4.5を記録。実験は深さ1キロ未満の比較的浅い場所で行われたとみられ、ロシア国防省は「吉州の北西80キロの地点で10-20キロトンの核爆発を観測した」と発表した。前回同様、プルトニウム型の可能性が高い。20キロトンなら長崎原爆に匹敵する。

 追加的な核実験をしないよう求めた国連安全保障理事会の制裁決議を無視した行動で、北朝鮮包囲網づくりが進むのは確実。北朝鮮は今年4月5日に「人工衛星」として長距離弾道ミサイル発射に踏み切ったばかりで、朝鮮半島情勢の緊張は必至だ。

 朝鮮中央通信は「核兵器の威力をさらに高め、核技術を絶え間なく発展させる上での科学技術的問題を円満に解決した」と表明、実験は「爆発力と操縦技術において、新たな高い段階で安全に行われた」と強調した。

 北朝鮮は国連安保理が今年4月のミサイル発射を非難する議長声明を採択したことに反発し、六カ国協議離脱と核開発再開を宣言。さらに使用済み核燃料棒の再処理着手を表明、安保理の謝罪がなければ「再核実験や大陸間弾道ミサイルの発射実験を含めた自衛的措置を講じる」と警告していた。


北朝鮮の核開発
 北朝鮮は旧ソ連の支援で1950年代後半から核開発を進め、86年には独自開発した実験用黒鉛減速炉(5000キロワット)を稼働させるなど本格化。2003年10月に保管中だった使用済み核燃料棒約8000本の再処理を終えたと表明、05年5月にも同炉から新たな使用済み核燃料棒の取り出し完了を発表しており、米情報機関は「最大50キロのプルトニウムを製造した可能性がある」と分析。米政府幹部は08年2月、情報機関の分析について「核兵器6-12個分」に相当すると述べた。パキスタンから遠心分離機を手に入れるなどウラン濃縮型の核開発も疑われているが、どこまで進んでいるかは不明だ。

(共同通信2009年5月25日配信、5月26日朝刊掲載)


<解説>断じて許されぬ暴挙 核軍縮の流れに冷や水

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 江種則貴

 核兵器廃絶を訴えてきた被爆地広島にとって、北朝鮮の核実験は断じて許されない暴挙と言うほかない。人類の英知により核兵器を否定しようという国際社会の機運にも逆行する愚行だ。核開発の即刻中止を求める。

 今回の実験成功をアピールする朝鮮中央通信報道は、その目的を「強盛大国の大門を開くため」とする。「強盛大国」とは前回(2006年)の核実験の際にも使った言葉だ。

 それが、いかなる行為も正当化できる金科玉条だと金正日(キムジョンイル)総書記は考えているのだろうか。膨大なコストで核弾頭やミサイルを開発し、国際社会の制裁を招いて孤立を深めることが果たして国民のためかどうか、自明ではないか。

 核拡散防止条約(NPT)の脱退を宣言して核開発を進める北朝鮮に対し、このほど米国で開かれたNPT再検討会議の第三回準備委員会でも非難する声が相次いだ。脱退後も原子力開発への査察は継続するなど手続きの厳格化を求める意見も出た。愚行を許すNPT体制の限界も認めざるを得ないが、だからといって人類滅亡につながる新たな核拡散は決して正当化できない、という国際社会の強い意志を反映した議論だった。

 今回の実験強行は、「強盛大国」の技術力を内外にアピールするとともに、米国との二国間交渉により自国の体制維持を図る最終カードとみられている。だが米国は今や、オバマ大統領が原爆投下国の道義的責任として核兵器のない世界の実現を誓った。保有国自体が核兵器の存在を否定的にとらえる時代の流れに逆行し、核兵器を取引材料に使うことで米国から譲歩を引き出せると本当に思っているのだろうか。

 先ほど、ノーベル平和賞受賞者17人が連名で中国新聞を通じて世界にアピールした「ヒロシマ・ナガサキ宣言」は警告する。

 「私たちは拡散を食い止め、廃絶への道を歩むか、さもなければヒロシマ・ナガサキの惨禍が繰り返されるのを待つかのどちらかです」

 米ロ間の新たな核軍縮条約交渉をはじめ、世界に広がっていた核軍縮への前向きムードに冷や水を浴びせかけた今回の核実験。論議は続きながらも停滞している北東アジアの非核兵器地帯化や、六カ国協議の再開など、北朝鮮に核の放棄を促す道はどれも容易ではないだろう。だが実現することでしか、核のない世界への扉は開かない。国際社会や被爆国日本の英知と行動、そして何より後戻りはしない覚悟が問われる試練のときでもある。

(2009年5月26日朝刊掲載)

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