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社説・コラム

[被爆75年 世界の報道を振り返る] 中東・アラブ地域 イラン・イスラエル寡黙

湾岸 核に賛美トーンも

■田浪亜央江 広島市立大准教授

 「中東アラブ地域と核問題」と聞いて一般的に想起されるのは、イランのウラン濃縮問題だろう。だがアラブ諸国では、何といってもイスラエルの事実上の核保有問題である。そこに認識の大きなギャップがある。昨年の被爆75年報道に関して、両国が総じて寡黙だったのは偶然ではない。

 トルコの新聞は、自国に米国の戦術核兵器が配備されているにもかかわらず、広島の平和記念式典に大統領が寄せた仰々しいパフォーマンスのビデオメッセージを無批判に報じた。

 一方、ペルシャ湾岸を拠点とするアラビア語新聞は報道に力が入っていた。在日韓国人を含む5人の被爆者を中心に、見開き2ページ特集を組んだアラブ首長国連邦(UAE)のイマーラート・アルヤウム紙。サウジアラビア系だがアラブ全域をカバーするアッシャルクル・アウサト紙は、核兵器禁止条約に参加しない日本政府に批判の目を向けた。

 とはいえ、それらが原爆を絶対悪とするスタンスだとは必ずしも言えない。アル・ワタン紙(サウジアラビア)は特に鮮明で、核兵器の威力のすさまじさが科学技術への賛美のトーンとともに論じられた。原発導入に積極的な同国における、核への関心の方向性がうかがえる。

 他方、ヨルダンやレバノンなど東アラブ諸国の新聞報道は平和記念式典のみで、原爆使用の歴史的背景や核兵器禁止条約に言及した記事は少ない。目立つのは、紛争や内戦で傷ついたこの地域の状況を原爆被害と比較しながら訴えるエッセーや論考だ。

 昨年は、広島原爆の日の2日前にレバノンのベイルートで起きた巨大な爆発事故についてもそのような記事が載った。報道の背景を突き詰めると、中東での植民地支配という歴史に行きつく。中東の都市名を挙げながら「われわれは、いくつの『広島』を生きるのだろうか」と問うのはイラクのクルド人女性作家だ。パレスチナ出身のジャーナリストは、パレスチナ人が数十年にわたり被ってきた被害は広島・長崎とは比較にならないと述べる。他国の介入や支配に対する国際社会の無関心こそが、こうしたいらだちを引き出していると言えまいか。

 ただし2020年8月以降は、特にパレスチナ問題に関して、アラブ諸国の間でも関心が薄くなっていることが浮き彫りになった。UAEなどが次々とイスラエルとの国交正常化へ動いたのだ。核を事実上保有する国との関係のあり方が問われているのは、アラブ諸国だけでないことも確かではある。

(2021年11月8日朝刊掲載)

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