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広響コンサート 第416回定期演奏会 戦争の凄惨さ ひしひしと

 作曲家三善晃(1933~2013年)が戦後50年の年から書き継いだ「交響四部作」は、戦争の中で断たれた声に耳を澄ます。第3曲「霧の果実」の冒頭で反響し合いながら漂う言葉にならない声の中からは、凄惨(せいさん)な出来事がよみがえってくる。このことを、音楽総監督下野竜也率いる広島交響楽団は、恐ろしいまでの凝縮度を示す音響で見事に描ききった。第3曲と第4曲「焉(えん)歌・波摘み」のクライマックスでは、空間がゆがむなか、多くの命を押しつぶした力が身に迫ってきた。このことからは、第416回定期演奏会(5日、広島市中区の広島文化学園HBGホール)で「四部作」を取り上げることへ向けた下野の強い思いも、ひしひしと伝わってきた。

 命を奪う力が一人の人間にふりかかるさまを響かせるのが、チェロ協奏曲として書かれた第2曲「谺(こだま)つり星」であろう。伊東裕のチェロは、生存をつかもうとするかのように絶えず上昇する音型を献身的に奏でていた。管弦楽が激烈な響きで刻んでいたリズムを、独奏チェロがつぶやくように反復した後、力が脱けたように響いた音は、戦争の中の死を静かに突きつけた。

 このような第2曲を含め、「四部作」各曲の終結部は、死者への鎮魂の祈りをたたえているが、それと呼応するかのように、演奏会冒頭では、20世紀イギリスの作曲家フィンジの弦楽のための「前奏曲」の悲歌が響いた。美しい旋律が折り重なって悲しみが満ちていくさまを、広響の弦楽セクションは奥深い響きで奏でていたが、そのことは「四部作」の世界を開くのにも生きていた。

 フィンジの作品に続いてショパンのピアノ協奏曲第2番が演奏されたが、横山幸雄の独奏は、さりげないルバート(テンポの揺れ)を交えながら、悲しみをたたえた詩情を緊密な流れの中で響かせていた。第2楽章で、嵐に立ち向かうかのような独奏の後、静謐(せいひつ)な歌が奏でられたのは忘れがたい。

 アンコールとして横山が厳しく奏でたショパンの練習曲「革命」は、三善の「四部作」への橋渡しだったのだろうか。その第1曲「夏の散乱」では、「19458689」をハ音で始まる音列に置き換えたモチーフが、うめきながら天地が崩れ落ちる出来事を想起する。それとともに原爆を含む戦禍に遭うことを深く問いかける「四部作」のような作品を、広響が折々に取り上げる必然性も伝える演奏会だった。(柿木伸之 西南学院大教授=福岡市)

(2021年11月13日朝刊掲載)

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